氷の獣の目覚め
夢で見ていつか書きたいなと思っていた純ファンタジーのつもりの作品
冬が支配する地。
常に雪が降り積もり、氷点下にまで温度は下がる。
一面が真っ白に染まり、凍ってしまっているものもいくつも見られる。
その地には、昔から守護獣と呼ばれていた獣が居た。
氷を司る獣。
その場を支配する獣。
鋭い一つの角を持つ、一角獣の獣。
その姿は馬という生き物に似ている。だけど、馬よりも体格はがっしりしていて見る者によっては別の生物だというものもいる。
二匹の獣。
この氷が支配する地に生きる伝説の獣。
――その獣の姿はこの三百年、見えなくなっていた。
だけれどもその地に住まう人々は彼らを神のように崇めている。姿が見えなかったとしても彼らが存在していると信じている。そして人々の中では言い伝えられている獣。
さて、二匹の獣のうちの一匹は三百年ほど前から宿り木に捕えられていた。
宿り木。
どのような場所でも強く生きながらえ、この冬世界を緑に染めようとした天敵。
三百年ほど前、この地に宿り木が侵攻してきた。悪魔の植物と呼べるほどに、この場を支配しようとする驚愕すべき繁殖力を持つ木だ。意志を持つその植物は、世界を支配する植物とも言われていた。その植物がこの地に植えられ、氷の獣たちとの戦いになった。
その結果、氷の獣の一匹は宿り木に捕えられた状態のまま、凍っていた。
それは勝敗の分からない結末とも言える。
氷の獣は宿り木に捕えられた。その悪魔の植物は氷の獣に巻きついている。
だけど、宿り木は氷の獣によって凍らされている。その悪魔の植物は身動きさえも取れない。
そんな状況で、三百年。
その捕えられている氷の獣の兄である獣。
宿り木に捕えられている氷の獣と同一個体かと見間違うほどにそっくりだが、目の色だけが違うその獣はその凍ったままの弟の周りに三百年間ずっと存在している。
兄は弟が生きている事を信じている。
いつか、目を覚ます事を信じている。
そのためせっせと弟の周りで動き回り、他の場所に移動する事さえしない。兄の周りにはこの冬の世界を生きる動物達が集っている。彼らは氷の獣の事を慕っていた。
皆が、弟が目を覚ます事を祈りながら三百年。
兄はその日、いつものように弟の側で眠っていた。弟が目を覚ました時に、自分が側に居ないのは弟が混乱するだろうと配慮しての事である。だからと言って三百年も待ち続けるあたり、この兄は中々の弟思いだった。
さて、眠っていたその兄は何かが割れるような音を聞いた。
聴覚の優れている兄は、何かが起こっている事に気づいて体を起こす。
弟と宿り木の方を見れば、その氷がひび割れていっているのに気付いた。
そして、パキンという大きな音と共に氷が完全に割れる。
悪魔の植物と呼ばれる宿り木は、木端微塵に崩れ落ち、弟は姿を保ったままだ。
動いた。
氷の獣は少し動いて、視線を動かし、自分の兄を見つける。
「兄者」
「おお、弟よ! 目が覚めたか!!」
久方ぶりの弟の声を聞いて、兄は感涙極まっていた。それに対して弟はといえば、「僕は勝ったのか、なぜ兄者はそんな顔をしている」と不思議そうだった。
宿り木が勝つか、氷の獣が勝つか。それは五分五分だった。
三百年間の間、身動きの取れない状況でも彼らは戦っていたのだ。そしてこうして氷の獣が勝利し、彼は自由を得た。
だが、三百年も経過している実感はなかったようだ。
「弟よ、弟は三百年間も凍っていたのだ」
「……そんなに経っていたのか」
「そうなのだ。弟よ、我は弟が目が覚めて喜ばしい」
兄はそう告げながら大粒の涙を流し始めた。弟は兄の様子に困惑している。
「兄者よ、泣くな」
「弟よ、もっと感激しないものか」
「僕は兄者が居るのならば三百年眠っていようがどうでもいい。前と変わらないだろう」
「おお、それもそうか」
相変わらず泣いている兄だが、弟の言葉には納得していた。
二匹の獣。
氷を支配する一角獣の兄弟。
目が覚める前も、覚めた後も彼らは変わらない。
ただ、共にその地に存在するのみ。
――それからしばらくして、二匹の氷の獣たちは冬の世界で姿が見られるようになる。
その地に生きる人々は、氷の獣の姿に感激し、彼らへの信仰を厚くするのだった。
夢でなぜか氷の獣が木にとらわれるシーンを大分前に見て書きたくなった話です。
なんとなく一気書きしました。
何か感じていただければ感想もらえれば嬉しいです。