第2話 街と大男
「早くしろっ!」
薫さんが声を周囲に聞こえないように、しかし僕達全員に伝わるように言う。
なぜそんなことをしているかと言うと………、
今現在、ゴブリンの群れに追いかけられている最中だから!で、ある!
カノアさんに龍化してもらえば飛んで逃げられるのだが、それをすると管理者に気が付かれる可能性が極めて高い。
なので移動スピードが遅い僕とディアスはカノアさんに抱えてもらい、僕とディアスが追ってくるゴブリンの足止めを行う。
薫さんが先行して進路を決定し、ラフィスさんが銃と呼ぶらしい筒を使い進路上に現れようとするゴブリンの目を的確に撃ち抜き進路を確保してくれるので、冷静に逃走出来ている。
しばらく走り続けると街が見えてくるが、上位世界のことがまだわからないことだらけなのに街に入る訳にもいかず、ましてや、このままゴブリンの群れを連れていく訳にもいかないので街の周りを流れる川と森の狭間を逃走する。
「くそっ!しつこい…なっ!!」
薫さんが煙玉を投げてゴブリン達の視界を遮り混乱させようとするが、どうやら感知系のスキルを保有している個体がいるようで数体がこちらに真っ直ぐ向かってくる。
「では、やるかのぅ!《魔拳》!《分裂拳》!!」
ゴブリンを拳を握って殴るのかと思っていたのだが、………違っていた。
分裂したすべてがグーでは無く、チョキであったのだ。
「………えっぐ…」
それを見た全員が引いた。
「これでしばらくは追ってこれぬだろうのぅ。」
どういう原理が働いたのかわからないが、本当に感知系のスキルを保有しているはずの個体が追ってこなくなった。
「なら、すぐにここを離れましょうか。」
すべてのゴブリンの目を潰したカノアさんがあっさりと言うので僕達は再び薫さんを追いかけ始めた。
しばらく走ると、どうやらゴブリンは撒けたようで、さらにしばらく歩くとようやくゆっくりと休むことができ周囲を一望できる岩場を発見したのでそこで休むことにする。
「で?どうする?あの街に入るか?」
「このままモンスターに追われて逃げるのも大変だからのぅ…。これほどのレベル差があると流石に一騎討ちなんて言えんからのぅ。」
「レベル10000ですからね…恐らく攻撃をまともに食らってしまった時点で死にますからね………。ご主人様に早く会いたいですね………。」
それからしばらく皆で話し合った結果、あの街に入ることにした。
理由はかなり簡単に決められ、いつモンスターと遭遇するかわからないこの環境でストレスを溜めるくらいなら、街に入ることで管理者にバレた方がまし。という理由だった。
街に入る門を見つけたのでそこを観察してみるが、人通りは無く、門番すらいるかわからない状態だった。
薫さんが《影分身》を発動し、分身体に門を通過させるが、特に何も起こらなかった。
僕達も警戒しつつ街に入るが、特に何も起きることなく街に侵入することができた。
無事侵入することが出来て喜んでいたのだが、すぐに異常に気が付く。
《感知》の範囲内に生命体が一匹もいないのだ。
だが、街の大通りには色んな店に新鮮な食材が並べられているのだ。まるで少し前までここに人がいたかのように………。
警戒を強めていると、僕の目の前の空間が歪みそこから目だけが現れた。
「ふむ?まだ回収残しがいたのか?………いや、回収は完了している。ならお前達は………、いや、目撃者は消せとのお達しだ。悪く思うなよ。」
それだけ言うと歪みが広がり、1人の大男が現れた。
直感任せに盾を構えて、スキル《防御範囲拡大》を発動して盾から壁を生成して皆を覆うと、生成した壁に向かって豪雨のように小型のナイフが飛んで来た。
「では、次はこちらからだのぅ!」
カノアさんが壁から飛び出して《魔拳》と《分裂拳》の合わせ技を使い飛んでくるナイフを撃ち落とし続ける。
だが、攻撃力で負けているのか、カノアさんの拳からは血が吹き出ていたが、ディアスによって絶えず回復魔法送られるので、急所に当たらなければ大丈夫だろう。
「なら、私がやるべきはこれですかね?」
そう言いつつラフィスさんの右手から光が大男に向かって発射される。
すると、色んな場所にあった影が照らされて大男の背後と僕達の背後にだけ伸びるようになる。
大男の背後にいきなり薫さんが現れ大男の首に短剣を突き刺す。
と同時に概念 絆の効果でディアスから《魔力剣作成》を発動して短剣を無数に増やす。
するとそのすべてが急所に当たったのか、《急所攻撃》専用の音が鳴り響き、大男が黒い塵になって霧散した。
薫さんが敵の後ろに突然現れたのは、スキル《潜影》を使っている状態で影が減ると残っている影まで一瞬で移動できる、と修行中に言っていたので恐らくそれだろう。
「結局この世界のこともあの大男のこともわからないままだな…。」
大男は戦闘中全く喋らなかったために、情報が全然無く、この世界のことは全然わからなかった。
薫さんがため息をついたその瞬間、どこに居たのか、街の人とおぼしき人が街に一瞬で現れた。
どういう行動を取ってくるかわからないので警戒していると、
「どうもありがとうございます!」
といきなりお礼を言われたのであった。