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違和感の無い無
例えるならばそれはブラックホールとでも言えばいいのか。
そこに何かある。というのはわかる。
空間的に、何かが存在しているのは見て取れる。
しかし、それは無であった。
有るのだが、無い。
けれど違和感はない。
ぴたりと収まっているが故に。
皿洗い師はシンクにいて当たり前だというように。
とはいえ、その当たり前をこの大舞台で実行出来る者が、果たして何人いるだろうか。
感情を失う程に訓練を積んだ皿洗い師でも、万を超える観客の前で十二支を相手取るとなれば、冷や汗の一つも掻く。
失っていた負の感情が心の奥底から漏れ出てくる。
それが、無い。
「ミョーな気配……一週間でかなり鍛えたみたいだね」
虎子が声を弾ませた。
取るに足らない本命を叩き潰す前の前座程度に考えていた決闘が面白みを感じさせるものに変化しているのを、彼女の動物的な感覚が掴んでいる。
「結構楽しめそうだな〜嬉しいな〜」
虎子は笑った。
弓徒は黙している。
けれど眼光は鋭い。
ただ皿を洗うだけでなく、それ以上の何かを起こすとでもいうような。
奇妙な空気が、場に揺蕩う。




