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白皿行
そこは深い山の中だった。
車で五時間。
鍛え抜かれた皿洗い師の健脚ならば小一時間。
道なき道を進んだ先に開ける、絶景。
海かと見紛う、対岸の見えぬ広々とした湖。
その水辺に、二人の男がいた。
二人は、胡座を掻いている。
その姿勢で、皿を磨いている。
真っ白な皿。もはや汚れ一つ無いそれを、スポンジで拭いている。
「白皿行」
精神を統一させる為の修行である。
白き皿を洗い、見詰め、そこに映る己を見直す。
皿を通しての自身との対話。
その行の最中、一方の男が口を開いた。巨体に見合う、野太い声だった。
「お前は俺に付き合う必要ないんだぜ?」
問う。が、もう一方の男の答えはない。もう一人の、巨体に比べると小柄な彼は、存在自体を消しているかのようだった。
集中している。
それを察して、男は返事を待たずに言った。
「紅虎とーー紅虎子とやるのは、俺なんだからよ」
きぃ。
皿を強く擦ってしまった時に発せられる、僅かな軋み。
その不快な、あるいは不吉とも言える音が、水面を駆けた。
記憶の波を揺らし、少し前の出来事を呼び起こすかのように。




