言葉無し
「相変わらずの腕前だ」
「それ嫌味ですか? ここは普通、腕を上げたな。とか言うところですよ?」
羅人は微笑んだ。
唐馬もそこでようやく、笑みを小さく浮かべ、タオルを羅人に差し出した。
「手を」
「ああ、これはどうも」
彼は受け取り、丁寧に。指の一本一本を時間を掛けて拭いた。
まるで、ここにいる時間を名残惜しんでいるかのような拭き方だった。
「そろそろ行きます」
「……そうか」
「一応話しはしてみますけどね、在膳会長が聞き届けてくれるかどうか、自信はありません」
「決して無理はしないでくれ」
「俺がそういうタイプじゃないの、唐馬さんは知ってるでしょ?」
「……」
重い沈黙だった。
それを、羅人は笑って飛ばした。
「じゃあ、また。今日は一席設けて頂き、どうもありがとうございました。……師匠」
「……こちらこそ、ありがとう。良い皿洗いだった」
「早速褒めてくれて嬉しいですよ」
唐馬に背を向け、カウンターを潜る。
喜一への挨拶はない。
けれど、そんなものは必要ないとわかっている。
交代で皿を洗ったのだ。
目は口ほどに物を言う。皿洗いはそれ以上に雄弁に語る。
彼らに言葉は必要なかった。
羅人は静かに、バーから去っていった。




