いつもの
グラスを傾けつつ、斗真は横目で喜一を見た。
今日は不思議な事ばかり起こる。
そしてその不思議な事を起こしているのは、皿洗い師である。
斗真はグラスを置いた。
チェイサーの水を、口に含んだ。
それから、口を開いた。
「なあ、喜一くん」
「何だ?」
「何かしとるやろ?」
「皿を洗っている」
「見ればわかるわ。そうじゃなくてな、何か特別なことしとるやろ?」
「特別な事はしていない」
「ほんとにぃ?」
「本当だ。俺はいつも通りに皿を洗っている」
「ふーん。そっか」
「ただ」
「ただ?」
「さっきの余韻を残したまま、良い気分のまま……お客様に過ごして貰いたいと思って、皿を洗っている」
「いい気分のまま、ねぇ……」
さっきの余韻。
それは、確かに残っている。
二人きりの世界にいた感覚。
今は、そうではない。
しかし、その時の心地いい浮遊感が、まだある。
それを残したまま、いつものバーの雰囲気に戻している……?
いつもの……
ふと、斗真は思った。
誰かの会話、皿を洗う音……さっきの無音の空間はとても居心地が良かったが、今の適度な音がある状態も日常的というか……これはこれで落ち着くもんだなぁ。と。




