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静かなる幕開け
バーで皿洗い師の突然の交代を気に留める者など、一人もいない。
バーにいる客は誰一人として、喜一と羅人が技を競っているなど知らない。
競っているというと語弊があるかもしれないが、真実、これは勝負の一つの形である。
皿を洗うところが見たい。
それはつまり、腕前が見たい。という事であり、腕前を見れば自分との実力差がどれだけあるかの判断材料になる。という事に他ならない。
けれど、だからといって喜一は気負っていたりはしない。
自然体である。
常人ならば、羅人の皿洗いの驚異的な腕前を見せつけられ過度の緊張に包まれてしまうところであるが、喜一に変化はない。
勝負であるという事を理解していても、いつも通りに洗うだけ……。
先程の羅人がそうだったように、喜一もまた極々自然に、洗うべきグラスを手に取った。
そして——
カチャリ、カチャリ。と、微かな音を立てて。
コトリ。と、静かに洗い終わったものをラックに置いて。
そのようにして、喜一は皿洗いを開始したのだった。




