補足説明
音とは、波である。
空気中を伝わる振動である。
所謂、音波。
それが耳に入り、脳が解析して、人は初めて音の持つ意味を認識する。
では、それが耳に入らなかったら?
答えは、言わずもがな。
何も認識出来ない。である。
羅人のやった事は単純だった。
喜一の言った通り、音と音。音の波と波をぶつけての相殺である。
客同士の会話が周囲に伝播しないように、皿を洗う際に発生する音をぶつけて掻き消していた。
しかし、だ。
音と一口に言っても、高さや低さがあり、全て異なっている。
それを全て、しかも、隣の相手の会話だけが聞こえるように相殺する……。
音の高低を聞き分ける耳と、自らの発する音に指向性を持たせる技術と、驚異的な速度。
一つのミスで、騒音に騒音を重ねるだけになってしまうが故に、ハイレベルな皿洗いの能力が揃わなければ成立しない芸当である。
普通の皿洗い師では到底真似出来ない。
並の腕前ではない。
けれど、何となく不思議な事が起こっていると気付いても、客は気にも留めない。
羅人の超人的な技量を理解している者は、このバーには二人だけ。
唐馬と、喜一だけである。




