相殺
「音?」
「周囲の音が聞こえなかったはずだ」
「うん。そうそう。その理由が知りたいわけよ」
「だから、音だ」
「はぁ?」
斗真は舞を見た。
舞も首を傾げた。
「あの、喜一さん……音ってどういう事ですか?」
「会話によって発生する音と、皿洗いによって発生する音。その二つをぶつけ、相殺した」
「音と音をぶつける……?」
舞は斗真を見た。
斗真は意味わからんとばかりに両手を上げた。
喜一は気にせず、再び言った。
「それで、相殺した」
「はぁ……?」
斗真は怪訝な顔をした。
可能なのか? という話しである。
声の音を皿を洗う音で相殺するなど、可能なのか?
普通なら、出来ない。
しかし……
「実際、斗真達は……いや、この店にいる誰もが、聞いていないはずだ。皿洗いの音を」
「あ……」
「確かに……」
皿洗い師による皿洗いは、普通ではない。
常識を軽々と超えていく。
それは喜一を知っているからこそ、よくわかっている。
だから、納得するしかなかった。
「なるほどなぁ。やっぱすごいわぁ。皿洗い師は……」
「音で相殺ですか……凄いですねぇ……」
二人はうんうんと首を縦に振った。
それを見届けてから、喜一は話は終わったとばかりに、シンクに在るグラスに目を向けた。




