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強引
「——ふっ」
短く呼気を吐き、喜一はスポンジを、鍋の底に滑らせた。
常人の舞の目には、それは、普通の皿洗いの光景に見えた。
なんともなしの、いつもの皿洗いの延長。
ただそれだけの、そんな風に見えた。
しかし、次の瞬間、彼女の瞳に映ったのは、想像とは全く異なる光景だった。
「えぇっ!?」
そこに見えたのは、焦げ目一つ無い、鍋の底であった。
ありえない事態に、彼女は己の目を疑った。
だが、喜一が腕を動かす度に、鍋の底にある焦げ目が消えているのは、まぎれもない現実の光景である。
「い、いったい、どうやって……?」
舞の呟きを聞いていないのか、喜一はただただ無言で、スポンジを動かしている。
この時、もしも、舞が喜一のすぐ隣にいたのなら、気付いたかもしれない。
異常に強張っている、喜一の右腕に。
それは、尋常では無い力を込めている証拠であった。
ただのスポンジを、ただの腕力で、金だわし以上の存在へと変貌させる。
これが皿洗い師の実力……否、これは皿洗い師の、その実力のほんの一端でしかない。
焦げは落ち、皿洗いは瞬く間に終了した。




