そして、洗った
あなたは何故皿を洗うのか?
という問いを弓徒が虎子にした事はない。
そのような問いをせずとも、皿を洗っている時の雰囲気を見ればわかる。
「皿がある。だから洗う」
虎子の洗い方はまさにそれを体現している。
汚れが嫌い。
だから爪でこそぎ落とす。
それ故の紅虎爪。
彼女の洗い方には理念がある。
決闘を通して、身を以てそれを知っている。
では、自分は?
自分にとって、皿を洗う事とはどういう事なのか——?
今、掴めぬはずの皿を掴んだ。
そして、洗った。
考えながらも、体は一切の淀みなく動き、的確かつ迅速に皿を洗う。
在膳九龍と喜一が洗ってくれるはずだった皿——。
それを奪い取り、自らの手で洗う理由とは何か?
「——んなもん、考えるまでもねぇか」
何故? 何故? 何故? と激動の日々の中で曇っていた思考。
しかし腰を据えて考えてみると、答えは明確だった。
洗えぬはずの皿を洗う。
それが答え。
「友の為、だ」
皿を洗い続けている友人、喜一。
自らも喜一や在膳九龍と同じステージに立ち、皿を洗ってやりたい。
皿を洗い続けている友に、暇を与えたい。
それが今の自分が皿を洗う理由だ。
それを自覚した瞬間——七枚の皿が、一瞬で洗われていた。




