181/184
根源的な問いについて。
紅虎子の下で修行を初めて、早数ヶ月。
そもそもは虎子が「修行つけてやるから来い!」と言って弓徒を急に連れ出しただけであり、彼から望んで修行をつけてくれと申し出たわけではない。
だが、この修行の日々に彼は感謝している。
急に皿が洗われるようになった日……。
唐馬歩から聞かされた喜一と在膳九龍の決闘……。
その決闘が未だ続いているという事……。
自らが蚊帳の外であった事に不思議と怒りは沸かなかった。
まあそうだよな。と素直に現実を受け入れている己がいた。
蛇の下で修行をし、それでも虎に敗北し、自らの身の程を理解していたからか……しかしそれに諦めというレッテルを貼るのは、間違っているような気がしていながらも……掴めぬ皿に苦悩する日々……。
そんな中で虎子に連れ出されたのだから、良い気分転換になったと言えるし、すぐに実力が付き、皿を洗えるようになった。
……けれど、だからこそ思う。
自分は何の為に皿を洗うのか?
という根源的な問いについて。




