心の闇に光
とある国で飢饉が起こった。
伝染性の病が野に生える植物を侵し、生き物は食糧を失った。
結果、戦乱の世が幕を開けた。
生きる為に、食う為に。
他者を害し、利を貪る。
必死に。
その最中でも、僅かな食事を食べる際に使った皿は洗われた。
心に闇を抱いた者が呟いた。
「何故神は皿を洗うだけなのか? 何故病を鎮めてくれないのか? 何故争いを止めてくれないのか?」
皿を見ながら、思った。
何故、皿を洗うだけなのか?
この問いに答える者はいない。
しかし、この世のものとは思えぬ程に美しい皿を見ていると、こうも思うのだ。
これが生きるという事なのか、と。
生きるという事は綺麗事ではない。自身が生きる為に他者を食らう。そうして生は続いている。食事の際に皿が汚れるのはそういう事を示している。では、その皿が勝手に洗われるとはどういう事なのか?
それは、救済を示しているのではないか?
生ある者はみな等しく汚れている。だがしかし、その汚れを神は落としてくれる。
つまりは、皿を洗う事で神は「其方は祝福されている」と暗に告げているのではないか?
……勘違いでも構わない。
心の闇に光を感じて、その者は立ち上がった。




