ある神学者達の会話
無数の神学者が坐す大講堂の中で、一人の神学者が言った。
「神が皿を洗うのは、皿が不可侵の存在だからである。故に我々は皿を使うべきではない」
一人の神学者が反論した。
「ならば何故神は我々日々皿を使う者に裁きを下さないのか? 裁きが無いという事は神も許しているという事ではないか?」
「否である。神は我々の気付きを待っているのである」
「気付くまでは許されると? 気付いた今は許されないと?」
「然り」
「しかし現に今も皿は使われている」
「猶予である」
「では皿を使わずにどうすればいいのか? 皿だけでなく鍋などもそうだ。それを使わなければ我々は生活出来ないではないか」
「故に我々は原初に戻るべきである」
「馬鹿馬鹿しい」
「何だと?」
「我々を生み出したる神が我々の発展を拒むというのか? 原初に戻れというのか? そんな事があるわけがない」
「その傲慢を神は正そうとしているのだと何故気付かぬ?」
「神を理解したつもりなっている方が傲慢ではないか?」
「それは貴君にも言える事であろう」
「然り。故に私は皿を使うべきだと考えている。神を読み解かず、神を受け入れるべきだ、と」
「ならば問答は無用」
「然り」
一人の神学者が、そうして去った。




