何の為に生きるのか
人は何の為に皿を洗うのか?
この問いを突き詰めていった先に発生する問いは、
人は何の為に生きるのか? である。
人の生の意味とは何なのか?
個人レベルであれば、様々な意味が生まれる。
出世したい……好きな事をしたい……結婚したい……家庭を築きたい……道を極めたい……自分の為……他人の為……親の為……子供の為……。
人生の目的、生きる意味。
それは個人の中に確かに存在する。
では、宇宙レベルではどうだろうか?
138億年前に誕生したという宇宙。
これまで過ぎ去っていった年月。これから過ぎ去っていく年月。
そのレベルで考えれば、人の一生が持つ意味など無である。
宇宙的な視点から見れば、人生に意味など無い。
個人が何を為そうが、関係は無い。
故に、ここで人類史が無くなる事もまた、宇宙に於いては何の意味を持たない。
——しかし、それでも人は生きている。
宇宙から見れば無意味だったとしても、人は人としての意味を——存在意義を——持ち、生きている。
ここで改めて問おう。
何の為に皿を洗うのか?
生きる為である。
何の為に生きるのか?
皿を洗う為である。
つまりは、輪廻である。
皿洗いとは、輪廻である。
喜一はそう考えている。




