始めを告げる声も無く
シンクの前に、一人の男が立っている。
彼の名は、千歳喜一。
彼の向いには、在膳九龍。
シンクの前に立ち、喜一に鋭い視線を向けている。
会話は無い。
軽口も挑発も、交わすべき言葉など無い。
喜一がここにいるという事はある一定のレベルに到達した事に他ならないが、それについて尋ねる事もしない。
しかしこの無言こそが何もかもを雄弁に物語っているとも言える。
静けさが場に満ちている。
もしもこの静かなる空気が質量を持っていたら、それは周囲の全てを圧し潰しただろう。
そうでなくとも、それなりに腕に自信のある者であれば、自らが潰れたところを想像して気を失ったかもしれない。
それ程である。
並の使い手であればこの場に存在する事すら許されない……。
その張り詰めた空気の中で、喜一が構えた。
瞬間、その手の中に皿が出現した。
だが、在膳はそれを見てもほんの僅かも驚きはしない。
この程度は出来て当然——そのように彼をある意味で認める思考すらしていない。
在膳はただ、喜一と同様に皿を出現させた。
二人の皿洗いは、こうして始まった。
始めを告げる声は無かった。
それは止まった秒針が動く時に似ていた。




