来るはずのない日
日常で使われる皿というのは、とてつもなく多い。
例えば、パスタを作るとしよう。
パスタを茹でる鍋、鍋の蓋。
パスタに絡めるソースを作るフライパン。
そのソースに入れる肉や野菜を切った包丁とまな板。箸、菜箸。
茹で上がったパスタのお湯を切るボウル。
出来上がったパスタを入れる皿。
パスタを食べる際に使うフォークとスプーン。
これだけでもう十一点の洗い物がある。
一人でこれだ。
二人、三人……家庭を持つ者であれば更に洗い物が増える。
ついでにサラダを食べよう、デザートを追加しようとなると、更に皿は追加される。
一般家庭でこれだけ洗う物があるのだ。
料理店になれば更に増える。
結論として、世界には洗うべき皿が無数に存在する。
その数えきれない皿を洗う為に、皿洗い師は存在する。
下級の皿洗い師は、これが仕事だとして無心で皿を洗う。
しかし一流を超えた腕を持つ皿洗い師は、ふと思う時がある。
この皿洗いに、終わりはあるのか? と。
いつか、皿を洗わなくともいい世界が訪れるのか? と。
そして、そんな日が来るはずはないと思う。
だがその日、世界各地で突然皿が洗われているという現象が多発していた。




