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人の無
「無とは無であって無ではない」
「無という概念が在るという事だな?」
「そうだ。故に、この世界に真の無は存在しない」
「しかし全ては無に帰す。在るものは無くなる。私の皿洗いの果てに」
「否」
喜一は、断言した。
「皿洗いの結果として、全てが無くなるのではない。お前がそれを求めるから、全てが無くなるのだ」
「何……?」
「無とは結果に過ぎない。その過程は人の手によるものだ」
「……」
「お前はお前の願いとして、全てを無に帰そうとしている」
「……」
「俺は無を求めていない」
「それが私と貴様との違いだと言いたいのか?」
「そうだ」
喜一の思念を受けても、無に揺らぎは生まれなかった。
「そうか」
という一言のみが返ってきた。
喜一は思う。
ビックバンが起こるのは宇宙の摂理とはいえ、そこに人が介在しているのであれば、それは宇宙という大いなるモノの意志ではなく、人の意志によるものなのだ、と。
宇宙の意志を人が体現するなどとは、喜一は思わない。
人の世には、ただただ人の行いがあるのみ。
「……貴様との皿洗いが楽しみだ」
無の存在が消えたのを、喜一は感じた。




