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かつて
あれは、近くのバーに呑みに行った時だった。
斗真は酒を呑んでいた時に何気なく、
「そう言えば、うちの流し台が汚くてなー」
とぼやいた。
それを聞いたバーのマスターが
「なら、うちの皿洗い師を雇ってみては?」
と提案したのだ。
「修行中の身だが、腕は確かだよ」と。
うちの皿洗い師。
それが、喜一だった。
だが、斗真は当初その申し出を拒んだ。
良い意味では、落ち着いている。
悪い意味では、覇気を感じさせない喜一の姿をかつて見た者たちと重ねていたからだ。
しかし、試しに一回だけで良いからと押し切られ仕方無く家に招いた。
そして、斗真は見た。
彼の皿洗いを。
「——」
斗真は言葉を失い涙した。
それは、彼女が今まで見てきたどの皿洗いとも違った。
彼女は喜一の皿洗いに、彼の魂を感じた。
数分後、全てが終わった後に、彼女は言った。
「ありがとう。喜一君」
真実に気付かせてくれて、ありがとう。
ありったけの感謝の気持ちが籠った、心からの言葉だった。




