振り下ろされなかった爪
どうしてだろう。
紅虎子は不思議に思った。
何故、こうも簡単に相手の手を取ってしまったのか。
本当は、粛清するはずだった。
勝負事態は面白いものだったが、自分への挑戦は即ち協会への挑戦。
故に不遜な敗北者は紅虎爪によって両断する——はずだった。
その自慢の爪が、今は相手の手の中にある。
不思議だ。
憑き物が落ちた。とでも言えば良いのか。
心が洗われた。とでも言えば良いのか。
久しぶりの丁寧な皿洗いが、自分を初心に還らせたのだろうか。
あるいはこれも蛇の目論見だったのだろうか。
それとも、この挑戦者——華弓徒のこれからの成長が楽しみだとでも思ってしまっているのだろうか。
らしくないな、と虎子は思う。
自分はそのような事を考える女だったか?
心底不思議である。
……だがまあとにかく、ごちゃごちゃと考えるのは後にしよう。
今はもう少し、この感覚に浸っていたい。
久しぶりに楽しい勝負だった。
血が流れない決着だった。
清々しい気持ち……。
それを与えてくれた相手を、彼女は見下ろして、
「流石にここに置きっぱなしじゃまずいよね?」
倒れ伏す弓徒を肩に担ぎ上げ。
湧き上がる観客の声援を受けながら、虎子は弓徒と共に去っていった。




