観客の回想
その時の事を、観客の一人であった田中総一(一般人)はこう語る。
「ええ……いきなりでしたね。いきなり、逆になった。って言うのかな……紅虎さんが落ち着いた皿洗いをし始めて……逆に、挑戦者の弓徒さんが荒々しく洗い出して……」
右手を紅虎爪の構えに。
左手を普通の皿洗いの構えに。
対戦者同士を模した両腕を振り上げ、彼は興奮を隠しきれぬ様子で話す。
「驚きましたよ。そもそも紅虎さんと三日以上決闘を続けられた人は片手で数えるくらいしかいないんですよ? 長時間皿を洗ってるってだけでも凄いのに、そこからいい勝負みたいな雰囲気になって……お、これはもしかして……もしかして……なんて、そう期待しちゃいましたね」
遠くを見る眼差し。
それはあの決闘を思い返している。
「でも、やはり十二支の壁は厚かった……」
深い、溜息。
「厚いというより、あれはもはや人ではないですね。人を超えてます。人では勝てない」
一観客に過ぎない田中の、深い黒を湛えた瞳。
「ですが、いい勝負でした。それは間違いない事です」
田中は目頭を抑えた。
感動の涙。
それはそういう類のものだった。




