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遠い記憶  作者: 椿 雅香
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滞在許可と見返りの依頼


 その晩、舜先生が、桃源郷のリーダー達を連れて来て、水野慎二と山道陽一だと紹介した。二人は、昼の水野佳子や山道麻美の父だ、と笑った。

 桃源郷は、この二人が仕切っているらしい。


「この度は、助けていただいたそうで、ありがとうございます」


 礼を言いながら、気がついた。そもそもあのトラップがなければ、池に落ちることもなければ、怪我することもなかったのだ。ここは、抗議すべきところだろうか?


 山道陽一が、おかしそうに笑った。

「あのトラップがなけりゃ、怪我することもなかったから、ここは、文句の一つも言いたいって、顔だな?」

「いえ、そんな……」

「そう思わなかったってか?」

 陽一が畳みかける。

「……ちょっと」

 顔から火が出るのが分かった。

「まあまあ、正直でいいじゃないですか。嘘のつけない男なんだ」

 舜先生がなだめた。

「坂本と同じ反応する男だな」

 陽一が笑いながら言った。

「昼に、あいつにも言ったんだが、一言言っておこう。あのトラップがなけりゃ、ここは、暴徒に襲われて、今日まで保たなかったんだ。でも、時々、お前等みたいな悪意のない連中がひっかかる。それを救助して、元の居場所へ返すのが、救助要員の仕事ってわけだ。

 中村や小坂は、お前等を助けるのに、水浸しだ。無茶苦茶暴れて、大変だったらしい。今度紹介するから、礼を言うんだぞ」

 

 あまりの話に真っ赤になった。


「でも、今は、そんな話に来たんじゃねえ。俺達は、坂本とお前を悪意のない者として、救助した。お前が思っているとおり、あのトラップがなけりゃ、お前は、怪我することもなかったからな。で、怪我が治るまで、滞在を許可する。食料も保障する。

 ただし、頼みがあるんだ」

 何を要求されるのだろう?思わず後ずさりした。

「とって食おう、とは言わねえ。坂本にも言ったんだが、聞いてねえか?」

「ここに食い物があるってことぐらいしか……」

「その食い物は、俺達が、この異常気象下で、必死に働いて手に入れたものだ。お前達がやってるみたいに廃村や山の中に残ってるものを探すって、虫のいい方法じゃねえ、本気で働いて作ってる。

 だから、ここにいる以上、できることを手伝って欲しい」


 思わず頷いた。

 このところの異常気象下では、水さえ、思うにまかせないのだ。食べ物を分けてもらおうというのだ。できる限りの協力はしよう、と思った。


「ただ、いくら居心地が良くても、ここの食料は、ここの住人の分しかねえんだ。だから、怪我が治ったら、元の居場所へ帰ってもらいたい。ここの能力からして、お前達を受け入れることはできねえんだ」 

 

 これが、この人達の言いたかったことだ。


 体中の力が抜けていくのが分かった。


 外界では、日々の食事も事欠くのに、ここには、食べ物と安全がある。でも、私達を受け入れてはくれないのだ。

 私は、ここの人々にとっては、異邦人で、何の関係もない。そんな私を怪我が治るまで世話しようというのが、ここの人達にとって、最大限の好意なのだ。


 

 病室には、テレビもない。静かな夜だった。


 今夜も、月は、赤いのだろうか?開け放った窓から、ほのかにクチナシの香りがする。どこかに咲いているのだろう。 


 痛み止めが切れたのだろう。痛くて、眠れない。ずきずきと痛みの音が聞こえるようだ。さっきもらった痛み止めを飲む。

 効き始めるには、しばらく時間がかかるだろう。


 あのとんでもない絶壁から落ちたのに、とりあえずは、助かったのだ。これで、良しとするしかない。

 

 食料にもありついた。

 でも、これからどうなるんだろう?だんだん不安になった。

 寝付かれなくて、寝返りを何度かうつ。

 ようやく痛みが和らいだ頃、窓の外で、ささやき声がするのに気が付いた。


「律子、見える?」

「駄目、常夜灯じゃ暗すぎるの」

「仕方ないわ。あれしかないんですもの」

「電気つけてくれないかしら?」

「無理よ。斉藤くんって、結構ガード堅そうだったもの」

「でも、桃源郷に三ヶ月も滞在するのよ。ちょっとないことよ」

「未来、抜け駆けは許さないんだから」

「側に寄ってみない?」

「窓が壊れたら、それこそ、舜先生に叱られるわ」

「でも、私達は、使命を全うしているんだから、誰も文句は言わないはずよ」

「っく……気楽なんだから」

「麻美ったら、舜先生が、言ってたでしょ?とりあえずは、坂本くんを落とすことから頑張るべきだって」

「そんなこと言っても……私、斉藤くんの方が好みなんだもん……」

「でも、二人とも、あんまり役に立たないみたいね」

「農作業手伝ってもらえるわ」

「それだけよ。研究の手伝いとか、漁の手伝いって無理っぽいわ」

「学生なのよ。しかも、文系の。研究の手伝いとか、漁とか、狩猟とか、無理に決まってるわ」

「研究室に籠もったり、漁なんかに出掛けたら、一緒に作業できないじゃない。農作業が一番いいの!」

「そうとも言えるわ。実子、頭、いいじゃん」

 ひそひそ声は、しばらく続いた。


 俺は、見せ物じゃない!

 叫びたいのをこらえて、布団をかぶった。夏の薄い布団じゃなく、もっと大判の分厚い布団が欲しかった。


 とんでもないところへ来てしまったのだろうか?

 


アマゾネス達再びって感じです。桃源郷の女達は強いのです。

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