女達の襲撃
「ねえ、どんな感じの人?」
「男前?」
「依子、『イケメン』って言うのよ」
「古~い。いつの言葉よ」
「ヘイセイだっけ?」
「そんなこと、どうでもいいでしょ」
「ちょっとぉ、私にも覗かせてよ」
「駄目、定員三人!」
「ケチ!坂本くんと、どっちがハンサム?」
「うーん。好き好きじゃない?どっちもどっちって感じかな。坂本くんは、ちょっと崩れた感じで、良い感じだし、こっちの人は、真面目そうな感じね」
「優しそうな人?」
「うん、そういう意味では、良い感じ」
「麻美、変わってよ」
「ちょっと、待って。もう少し。こっち向いてくれないと、よく見えないのよ」
「そんなに押さないで!」
「真子、やめて!」
ドサドサという音とともにドアが開いて、二十代とおぼしき女達が五、六人ドッと部屋になだれ込んだ。
こいつ等、何者だ?
呆然として、見た。
「失礼。お客は珍しいから、あなたが、どんな人かなって……」
最も年長と思える女が、体をはたきながら立ち上がって、照れ隠しに咳払いをした。
「私、桃源郷第三世代の水野佳子。農作業担当の二十六歳よ」
このお姉さんが、坂本を案内した娘なのか?でも、第三世代って何だ?農作業担当って?意味が分からない私を無視して、女達がまくし立てた。
「同じく、調理担当、山道麻美。二十六」
「同じく、農作業担当、中村真子。二十二」
「同じく、農作業担当、片山依子。二十二」
「同じく、農作業担当、小坂佐織。二十三。香織の姉よ」
ニコリと笑う。
「同じく、情報収集担当、山道若菜。二十五」
最後に口を利いたこの女は、妙に色っぽくシナを作った。私の最も苦手なタイプ、フェロモン過多だ。
「あなた、名前が、斉藤大樹さんっておっしゃるのね。職業は、学生。K大法学部なんだ」
水野佳子が、パソコンのディスプレイにカルテを呼び出して言った。
「はあ……」
「生年月日は、二×××年五月五日。こどもの日。星座で言うと、牡牛座ね。牡牛座は……真面目で几帳面……だっけ?年齢は、二十歳」
山道麻美が割り込んで確認する。
「はあ?」
「家族は、両親と妹さんが一人。妹さんって、十九歳なんだ。年子なのね」
山道若菜が、山道麻美を押しのけた。
「現住所がK市。ご両親の住所と違うってことは……下宿してるんだ。だったら、あなたがいなくなったってことも、しばらく、分からないかもね」
他人の個人情報を勝手に覗き込んで、こいつ等、プライバシーを何だと思ってるんだ?
そもそも、私の情報は、さっき申告したばかりだ。どうして、簡単に漏れるんだ?
こんなプライバシーに関する情報は、パスワードを設定するとか、こんな姉ちゃん達が読めないドイツ語とか、暗号とかで入力するもんだ。わかりやすい日本語で、しかも誰でも簡単に見れるように入力するんじゃない!
あの調書には、家族構成から、両親の名前や住所まで書かされた。趣味や食べ物の好みまで訊かれたのは、こいつ等に教えるためだったのか?
私の憤懣に関わりなく姉ちゃん達の質問が続いた。
「身長は、一七八センチ。体重は……何キロなの?」
水野佳子が訊いた。
「最近、測ってないから……」
何で、答えなければならないんだ?というか、条件反射で答える自分が恨めしい。
「じゃあ、動けるようになったら、そこの体重計で測ってちょうだい。栄養状態は、『並』と『不良』の間ね」
水野佳子が、私の体をジロジロなめ回すように見て、有無を言わせない口調で決めつけた。
何で俺が、体重測らなきゃならないんだ?こいつの命令を聞く言われはない!
「趣味は……?これも、最近、測ってないって言うんじゃないでしょうね」
山道麻美が横から口を出した。
「無趣味なんです」
どうして、俺が下手に出なくちゃならないんだ?こいつ等が、偉そうにするからだ。でも、俺が、無趣味だからって、どこが悪い。文句あるか?
「読書とか、ネットとか、家庭菜園とかしないの?」
片山依子が、微笑んだ。
「あんまりしません」
多勢に無勢だ。しかも、足も動かないのだ。仕方がない。ここは、大人しくしよう。
ものすごく不本意だけど……。
「これから、趣味にすればいいわ」
水野佳子が言い切った。
勝手に他人の趣味を決めるんじゃない!
「血液型はO型」
中村真子が、水野佳子を押しのけて、言った。
「いや、A型です」
慌てて、訂正した。
「だって、ここに、O型だって」
中村真子が言い募る。
「でも、俺、生まれた時調べたら、A型だったって、お袋が……」
あり得ないだろう?俺がA型って言ってるんだから、A型なんだ。勝手に俺の血液型を変えるな!プライバシー以前の問題だ!
「舜先生は、輸血が必要な場合に備えて、あなたの血液型の検査をしたの。その結果が、O型だって言うんだから、O型なのよ」
さすが、看護師助手の姉だ。小坂佐織が、子供を諭すような言い方で説明した。
「前に聞いたことがあるんだけど、魔の十年この方、食料だけじゃなくて、いろんな薬品とか、試液とかが不足してるから、質の悪いものも結構出回ってるらしいわ。だから、そんな試液で検査しても正しい結果は出ないんですって」
山道若菜が面白そうに言った。
そんなはずはない!二十年間A型だと信じてきた俺の純情は、どうしてくれる!もう一回、調べてくれ!
私の心の叫びを無視して、女達は、勝手にまくし立てた。
曰く、親元へは、月に何回帰っているのだ?
親は、私がここに来たことを、知っているのか?
ここには、何しに来たんだ?
いつまで、いるつもりだ?
怪我が治ったら、すぐに帰るつもりか?云々。
夕食を運んで来た小坂香織が、お盆をベッドの脇のテーブルに置いて、ピシャリと言った。
「もう!佳子さんも、麻美さんも、真子さんも、依子さんも、若菜さんも、お姉ちゃんも、みんなみんな、何してるの?病室に来たかったら、看護師助手になったらいいのに!」
「だって、いつもは、おじさんやおばさんの怪我か風邪しかないじゃない」
一同、肩をすくめた。
「そうそう。香織、看護師助手になっといて、良かったわね」
「だったら、今からでも遅くはないわ。ただ今、スタッフ募集中!」
「怪我人の側で騒ぐのは、よろしくないんじゃない?」
香織が叫ぶと、姉の沙織がジロリと睨みつけた。さっすが、お姉ちゃん。迫力が違う。
「誰のせいで、こんなに大声張り上げてると思ってんのよ!」
香織が、憤慨した。
「何騒いでるの?ここは、病室ですよ。騒ぐなら、外でやって頂戴」
後ろから現れた小林夫人が、一同を追い出して頭を下げた。
「ごめんなさいね。みんな、余所の人が珍しいのよ」
香織が持って来た食事は、すばらしいものだった。近頃見ない食材を使っているだけじゃない。料理人の腕が良いのだ。
小林夫人が、
「あなたは怪我してるだけだから、通常のご飯を食べてもいいんですって。痛みがひどいようなら、痛み止めをあげるから、できるだけちゃんと食べなさいね」
と、笑った。
アマゾネスたちの襲撃のターンでした。彼女らの目的は……。