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遠い記憶  作者: 椿 雅香
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廃村を探す

斉藤と坂本は、廃村を探します。

 坂本と二人で山道を歩いた。古いアスファルトがひび割れて、岩と土がむき出しになっている道だ。トレッキングシューズをはいていても、時々滑る。

 

 ここを越えないと、目的地に着かねえんだ。


 坂本の説明が恨めしかった。

 勾配が、だんだんきつくなる。空きっ腹に、山道はこたえた。

 ようやく峠にたどり着いた頃には、息が荒くなっていた。


「昔は、この辺に茶店でもあったんだろうな」

 坂本が笑いながら、途中で水筒に詰めた湧き水を飲んだ。

「ああ。そこに基礎が残ってる。誰かが住んでたんだろう」

 私も水筒の水を飲みながら答えた。

 道の脇に建物の基礎の残骸が残っていた。おばあさんなんかが住んでいて、道行く人にお茶や団子でも振る舞ったんだろう。


 水の冷たさが心地よい。


 坂本が、古い地図を出して、現在地を確認する。坂本は、こういう古地図を手に入れるのが上手い。

「ナビによれば、俺達は、この辺にいるから……」

 スマートフォンのナビ機能で現在地を確認する。でも、ナビに現れるのは、現在の地図だから、廃村なんか記してない。

 坂本は、スマートフォンを古い地図に並べて置いた。

「斉藤。見てくれ」

 古地図とナビを突合して、古地図の上に現在地を確定するのが、私の担当だ。山の頂上をチェックして、コンパスで位置を確認する。


「この辺だから……あと、五キロほど行くと、廃村に着くはずだ。でも、アベックが消えたってのも、この辺りじゃないのか?」

「ああ、そうだ。でも、後で、こっちの麓、ほら、地図でいうと、ここらに現れたって話だ。そういって、失踪を吹聴するのって現代の怪談だな。一種の都市伝説みてえなもんだろう?」

「都市伝説ってのは、都市だからだ。ここは山の中だから、もろ、怪談だ」

「かたいこと言わねえの。要は、食料がありゃいいんだろ?」

「……そうとも言える」

「絶対あるはずなんだ」


 あまりに自信ありげに言うので、思わず顔を覗き込んだ。根拠でもあるのか。

「アベックのお二人は、十日間失踪してたんだ。でもって、二人とも、太って帰って来たんだと」

 坂本の言に、目を剥いた。

「恋人同士は、どこかへたどり着いた。そうして、そこで何かをたらふく食って来たんだ」

「何を?もしかして、霞……か?」

「仙人じゃあるまいし、霞じゃ太らねえ。あれは、ノーカロリーのダイエット食品だ」

 平然と答える。

「じゃあ、何だ?落雷で死んだ熊だったってのは、いただけないぜ。冷蔵庫もないんだ。俺達が行くまで残ってるとは思えない」

「噂じゃ、隠れ里があるって話だ」

「お前、そんな与太話信じてるのか?」

 声が裏返った。

「信じる。絶対あるんだ。俺が調べたところによりゃ、ここらにゃ、昔から、隠れ里の伝説があるんだ。でもって、地球温暖化のせいで、世界中のあっちこっちで、水や食料や燃料を巡って、戦争が起きただろう?」

「ああ、日本が参戦しなかったのは、奇跡みたいなもんだ」

「憲法九条のおかげだったって説もあるけど、戦争しなかった代わりに、大勢の餓死者が出た」

「戦争してたら、きっと、もっと大勢の死人が出た」

「ああ、でも、餓死者が出て、人口が半減したおかげで、今日の平穏というか、何というか、食料は足りないが、とりあえずは生きてるって状況になったって、評価する向きもある」

「評論家は食べてるから、気楽に言うんだ。死んだ人間の身になってみろ。不当だ。金のあるヤツは、たらふく食ってるのに、真面目な小市民は、飢え死にしたんだ」

「斉藤、そんな話してるんじゃねえんだ。その頃まで、ここらに、小さな集落があったって話なんだ。あん時、日本中で暴動なんかが起こっただろ?」

「ああ、俺達は生まれてなかったけど、日本中で、大衆が資本家や金持ちの倉庫なんかを襲撃したって聞いた。魔の十年って言われる第二次米騒動時代だ」

「そん時、資本家や金持ちが、食料持ってどっかへトンズラしたって笑い話があるだろ?でも、ここは、もっとすげえんだ」

「どう、すごいんだ?」

「そん時、その隠れ里への進入路を知っていた連中が、ことごとく失踪したんだ。つまり、その里へ通じる道を知っている人間は、全員いなくなったんだ」

「それじゃあ、大量殺人じゃないか。あり得ない!」

 私が叫ぶと、坂本がニヤリと笑った。

「逆だ。その隠れ里だけが、唯一安全な場所だとして、全員がそこに避難っていうか、移住したとしたら?」

「じゃあ、そこには、道を知ってる全員が集まって、生活してるってっか?食料はどうしてるんだ?地図によりゃ、大して広い土地じゃない。四十人、五十人の食料を自給できるほどのスペースはないはずだ」

「その秘密を探るのが、今回の目的でもある」

「食料だけじゃなかったのか?腹減ってるのに」

 私が脱力してしゃがみ込むと、坂本が笑って、固形栄養食品を一つくれた。

「ほれ、貸しにしておく」

「どうせなら、もっとマシなものにしてくれ」

 文句を言いながら、固形栄養食品をかじった。バナナ味のそれは、空きっ腹に染み渡った。


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