探索
斉藤と坂本は、食料を探しに出かけます。
Ⅱ 探索
暑い日だった。カーテン越しに照りつける太陽で、肌が焼ける。セミさえ、暑さで鳴くのが辛そうだ。
大学が夏休みになったので、私は、下宿で転がっていた。このまま、表へ出ないで夜を待つ。気温が下がったら、活動を始めるつもりだった。まるで、夜行性動物だ。
中古のエアコンは、やっと動いていた。
これが壊れたら、友人の坂本竜太の下宿に転がり込もうか、と、ちらりと頭をかすめた。
雨は、ここ二週間降っていない。でも、降ったら、今度は、洪水警報が出るだろう。この頃の日本では、中庸というのは、なくなってしまった。土砂降りで、地域一帯が浸水するほどの雨か、全く降らないか、二択なのだ。
警報が出てもいい。雨が降って欲しい。じゃないと、今年も、農作物が採れない。そうして、また、餓死者が出るのだ。そして、それは、私かも知れない。
昨日から、何も食べていないので、腹が鳴った。
夏休みだ。食料の調達を考えなければならない。
実家へ帰るのは、論外だった。食料がないのだ。両親は、私が自分で食料を手に入れて、糊口をしのぐことを期待していた。
地球上に二酸化炭素が異常に増えて、地球温暖化が叫ばれるようになったのは、二十世紀の終わりだ。その後、人類は何とか二酸化炭素を出さないよう協力しあって、気温の上昇スピードが緩やかになった。ホッと一息というところだ。
しかし、温暖化が緩やかになったとは言っても、止まったわけでもないし、元のレベルに戻ったのでもない。異常気象は続いていた。
食料が不足していた。異常気象のせいで世界的な穀倉地帯で凶作が続き、食料自給率が低い日本では、もろ、影響を受けた。我々若者は、ひもじかったら、自分で努力するしかないのだ。でも、第一次産業従事者ならともかく、不器用な学生が食料を調達するのは、至難の業だ。
ある者は釣りに出掛け、ある者は猟に出掛けた。ある者は日曜農家になり、ある者は紙や木を食料に変える研究に励んだ。まともに、三食食べられるのは、家が裕福な者に限られていた。普通の学生は、一日二食食べられれば良い方だ。
私は、坂本とともに食料の調達に走り回った。条件の良い場所では、そうそう食料が残っているはずもない。大学の講義をさぼって、目星をつけた山間の廃村なんかで食料を探したのだ。
やってみて、気がついた。人が住まなくなって久しいというのに、山間の廃村には、植えられた木々に実がなっていたし、耕作放棄された畑には、野生化したイモが残っていることがあった。
八百屋で売っているような立派なものじゃない。でも、確かに、柿やイチジクやイモだった。この食料難だ。まともな野菜や果物は、目を剥くほどの値段になっていた。私達は、見つけた柿やイチジクをむさぼり食った。
そのうち、学生の間で、失踪の噂がささやかれるようになった。
食料を求めて山間の廃村を探し回っていた学生が失踪したという噂だった。君達も気をつけた方がいい。と、周りから言われた。しかし、背に腹はかえられなかった。
部屋の入り口が乱暴に開いて、坂本が顔を出した。
珍しい。こいつが、日の高いうちから現れるなんて。
「腹、減ってねえか?」
坂本は、おもむろに言った。
「今度は、どこへ行こうって?」
さりげなく尋ねた。こいつが、こんなふうに言うときは、食料調達ツアーへの誘いに決まっていた。
「○○山の麓」
「あの辺って、この前、失踪事件があったんじゃないか?」
「ああ。二ヵ月前、アベックが一組、行方不明になったって噂だ」
「危なくないか?」
「大丈夫。どっかの国が組織的に拉致してるわけじゃねえんだ。たいていは、道に迷って、見当違いな場所に現れてるんだ。例のアベックだって、十キロほど離れた山の西側の川筋に現れたって後日談があるんだ」
胡散臭い坂本が、胡散臭い話をすると、それだけで、十分食欲をそそられた。
「いつ?」
「今日、これから。夏休みじゃねえか。思い切り歩き回れる」
ニヤリと笑った。
坂本は、独特の愛嬌があって、笑うとえくぼが現れる。
実家に帰っても、まともな食料もないのだ。断る理由はなかった。