ユイの正体
斉藤が男だと思っていたユイは、実は……。斉藤が激怒します。
これ以上、口に出せない。
「分かった?」
「どうして、男だなんて言った?」
「ボク、一回もそんなこと言わなかったよ。斉藤さん、勝手にそう思ってただけ」
唖然とした。
「ボク、嘘つかないもん」
「どうして、男のフリをした?」
「前に襲ったバカは、小野寺一族になったら、ここに留まれるって考えたんだ。だから、襲ったんだ。ボク、まだ、未成年なのに」
未成年じゃなかったら、襲ってもいいってか?
理屈になってない!
「で、お前が蹴倒したって?」
「うん。そういう意味では、未遂に終わったんだ。でも、父さんが、ボクが年頃になるまで、男のフリをした方が無難だって」
「それで、ズッと男のフリをしてたのか?」
「そういうこと」
恥ずかしそうに俯いた。
「じゃあ、桃源郷の第三世代は……」
「全員、女なんだ」
目を上げてまくし立てた。
「だから、問題なんだ。だから、あの薬のせいじゃないかって、母さんが心配するんだ。だから、父さんが、あの薬の影響じゃないって、証明しようとしてるんだ。
ボクは、ボクが立てた仮説が正しいと思うんだけど、いずれにしろ、個体数が少ないから、結論の出しようがないんだ」
男と同衾している娘が、口にするセリフじゃなかった。
「桃源郷の事情なんか、どうでもいい。話を元に戻せ。瞬先生が言ったから、お前は、偽名まで使って男のフリをしたのか?」
「偽名って?」
「『唯人』って言ってたじゃないか。あれって、男の名だ」
「あれは、偽名じゃない」
「男の名前だ」
「そうなの?でも、偽名じゃない。ボクは、小林 唯という人なんだ。だから、小林唯人。ボクは、嘘はつかない」
詭弁だ。
嘘つきのローマ人の話を思い出した。嘘つきは他の誰かで、ユイ本人は正直者だとでも言いたいのだろう。そんな、いい加減な話ってあるか?
この子が女だったら、桃源郷への約束をこの子に果たしたいと思ったことがあった。今、最後の八時間で、この子が女だということが、分かったのだ。喜んでいいはずだった。
でも、裏切られたような気分で、口の中に苦いものが広がった。
しかも、駄目押しのように、本人にムードのかけらもないのだ。
気持ちが混乱して、頭を抱えた。
「どうしたの?」
ユイが、心配そうな顔をして覗き込んだ。
あどけない表情に脱力した。こっちの立場も分かってくれ。
「ボク、子供が生まれたら、『空』って名前にするんだ」
突然、ユイが話し始めた。
「『くう』って、どういう字だ?」
興味はないが、やけくそになって、付き合った。
「色即是空、空即是色の『空』」
「抹香臭いんだな」
「うん。抹香臭いんだ。ボクみたいに、いろんなことで悩むんじゃなくて、その子は、解脱するんだ」
「お前、北極へ行くって言ってなかったか?」
「うん。行く」
「じゃあ、その子も北極に行くのか?」
「ううん。その子は、桃源郷に置いて行く。父さんと母さんが育ててくれることになってるんだ。そうして、その子は、学校に行くんだ。学校で、友達いっぱい作って、いっぱい笑うんだ」
そうだった。それが、この子の夢だった。
学校へ行って、友達と遊んだり、勉強したりするのだ。
そういえば、この子が声を上げて笑うところを見たことがないことに気が付いた。
ユイの頬を涙が伝った。
「それでね、ボクが北極から帰って来たら、その子と一緒に、斉藤さんに会いに行くんだ」
「俺に?」
「うん。斉藤さんは、桃源郷のこと覚えてないから、会っても分からないでしょ?だから、逆に、真正面から会いに行けるんだ。昔、お世話になった小林 唯とその子の空ですって」
「どうなるんだ?」
目が点になった。
記憶をなくした私に会う。ユイは何がしたいんだろう?
「斉藤さんの奥さんが、お茶出してくれて――斉藤さん、桃源郷のこと覚えてないから、誰かと結婚してるんだ。多分、子供もいる――で、斉藤さんとボクと空と奥さんの四人で一緒におしゃべりするんだ。そうして、斉藤さんが元気だってことが分かったら、帰り道で空に言うの」
「何て言うんだ?」
「今の人が、あなたのお父さんだよって」
「?」
俺は、まだ、この子を抱いていない。あり得ないだろ?
「斉藤さんの精子。ボクがもらうんだ」
ユイが、頭を上げて言った。
そういうことだったのだ。だから、みんな、手を引いたのだ。北極へ行くユイが、本気で頼んだから。
「だから、斉藤さんが、どこにいても、桃源郷に子供が一人いることになるんだ。ボクは、空に斉藤さんのことを教えてあげないといけないから、覚えておくんだ」
そう言って、冷静に観察し始めた。
「それじゃあ、順序が逆だろ?普通、男に抱かれてから、子供を産むんだ。お前、抱かれてもないのに、産むのか?」
「だって、斉藤さんが女嫌いだったから、仕方がなかったんだ」
シレっと言った。
「麻美さん、文句言ってた。斉藤さんが、女嫌いだって知ってたら、あんなにアタックしなかったのにって」
私は、唾を飲み込んで叫んだ。
「俺は、女嫌いじゃない!女は、好きだ。ただ、あんなに、真正面から媚びを売られるのが、気に入らないだけなんだ!」
「それを女嫌いと言うらしい」
あどけない顔で平然と言った。
「だから、斉藤さん、気にしなくていいんだ。ボク、斉藤さんが女嫌いでも、斉藤さんのこと好きだから、どうせ、子供を産むなら、斉藤さんの子供がいいなって」
「お前も、俺のことを種馬みたいに見てたのか?」
「ううん」
必死になって、頭を振った。
「お前も……アマゾネスだったんだ」
「怒ったの?怒ったのなら、ごめん。これしか……手はなかったんだ」
「それは、お前達の都合だ。俺の方の都合は、どうしてくれるんだ?」
沸々と怒りが湧いて来た。この子を少年だと信じていた自分のバカさかげんに腹が立った。
「女嫌いだと言うのなら、それでいい。お前達は、そっちで勝手にやってくれ!俺を交ぜるんじゃない!出てけ!」
真っ青になったユイが、ゆっくりベッドを下りた。
「ごめん。やっぱり、言わない方が良かったみたい。最後まで言っちゃいけないって言われてたんだけど、斉藤さん、一緒にいようって言ってくれて、嬉しかったし、言わないと失礼かなって……」
ユイの子供の名前は『空』になります。




