提案
ユイは、年に似合わない成熟したところと、幼さが同居した不思議な存在です。そんなユイから斉藤へある提案がされます。
Ⅷ 提案
「斉藤さん、どうして、女の子と遊ばないの?」
ユイがドクターの机に頬杖を付きながら聞いた。
「それを言うなら、君だって、仲良くしてない」
「仲良くしてるよ」
「いや、君の『仲良くする』は、単純なんだ。でも、俺に求められる『仲良くする』は、もっとねちっこいんだ」
「嫌なの?普通、みんな喜んで仲良くしてるよ」
「……」
「それとも……みんなが言ってるみたいに、女嫌いなの?」
「そんなことない。女は、好きだ」
「じゃあ、どうして?」
「こっちを種馬みたいな目をして見るヤツ等なんだぞ。そんな女を好きになれると思うか?」
「でも、状況から言って、仕方がないことなんだ」
「ああ、悪い娘達じゃないってのは、分かる。でも、あんな目つきで見られたら、萎える」
「そんなに嫌なら、頼んであげようか?」
「どう頼むんだ?」
「斉藤さん、こっちの希望に沿うようなことができないから、諦めてくださいって」
「そんなこと、できるのか?」
「うん。ただね、不妊症の治療に協力する学生みたいなことをお願いすることになると思う。斉藤さんの精子を冷凍保存しておいて、将来、必要なときに、誰かが使うの」
こんな年端もない少年に面と向かって言われるセリフじゃなかった。でも、それで、私の責任が果たせると思うと気が楽になった。
「それで、斉藤さんが気にするエッチを強要されるってことじゃなくなるでしょ?それから、誰かを好きになったら、その時、考えたらいいんだ」
今更ながら、この少年の頭の良さに舌を巻いた。どうして、考えつかなかったのだろう。
それを認めるのが面白くなくて、絡んでみた。
相変わらず坂本は香織にべったりで、私と対等に話してくれるのは、この少年だけなのだ。
「俺のことより、お前だ」
「?」
「俺達は、すぐにいなくなる。でも、お前は、一人で、あの色気づいたお姉さま達の相手をしなくちゃならないんだ。大変だ。同情するぜ」
「大丈夫。この近くで失踪する人って、結構いるんだ。みんな喜んで協力してくれる」
「そういう問題か?」
「他に何が問題になるの?」
「桃源郷を存続させるため、ここに留まって、ここの住人と結婚しなくちゃならないんだ。自由が侵害されているとは、思わないのか?」
「言ってる意味が分からない」
「人間は、本来、自由なはずだ。どこに住もうが、誰を好きになろうが、誰とエッチしようが、自由だろ?
子の血筋を明確にするために、婚姻って制度があるけど、それだって、自由に相手を選べる。それなのに、ここはどうだ?
男は、ここの住人としか結婚できないし、女に至っては、ここに留まって、通りすがりの男に身を任せなければ、子供が持てないんだ」
こんなことを言われたことがなかったのだろう。ユイは、一瞬、呆然とした。言い過ぎたことを後悔したほどだ。
長い沈黙があった。
ゆっくり息を吐いて体制を整えると、ユイは静かに話し始めた。
「そんなこと、考えたこともなかった。でも、桃源郷は、封建的な社会じゃない。極めて自由な社会だ。だから、通りすがりの人でも、意に染まないことには付き合わなくていいんだ。ただ、今まで出会った人達が、みんな喜んで協力してくれただけだ」
息を一つついた。
「それに、どこに住もうが、自由なんだ。桃源郷を出ることもできる。でも、今の時代、桃源郷を出ると命の保障がないから、みんな、何となくここに留まっているってのが、正直なところなんだ。
ここで、みんなと協力すれば、生きて行ける。でも、一人で生きて行くことなんかできないし、余所へ行って、これだけのメンバーを集めることができるかどうか、疑問だ。ここでは、みんな一芸に秀でてて、それぞれの仕事をみんなのためにやっている。One for all ,all for one. 一人はみんなのために、みんなは一人のために、だ。
だから、世の中が落ち着くまで、ここで助け合おうっていうのが、第三世代の約束なんだ。
ちなみに、第一世代の約束は、地球温暖化に伴う異常気象に対応できるように、ここを自給自足の生活ができる場所に変えようってことだったし、第二世代の約束は、人類が絶滅しても、淡々と自給自足の生活をして、人類の最後を見届けようってことだったんだ。
地球温暖化を巡る状況が刻々と変化しているから、住民の目標も変化しているんだ。
だから、ボク達第三世代は、自由に生きてる。
最初に桃源郷があるんじゃない。桃源郷が、ボク達のために存在するんだ。斉藤さんから見て、ボク達が桃源郷の存続だけを考えているように見えるのなら、それは、ボク達にとって、桃源郷の存続が都合が良いからなんだ」
鳥肌が立った。
壮大な話だ。あどけなさが残る少年の口から聞く話じゃない。
そうだった。
ユイは小野寺ファミリーの直系で、小野寺ファミリーは天才の家系なのだ。
ドアが開く音がして、病室の入り口に坂本が顔を出した。珍しいことだ。あの祝勝会以来、八畳間は坂本の個室と化していて、私の寝室はこの病室になっていたのだ。
「斉藤、この坊やと仲良しになったみたいだな」
面白そうに笑った。
張りつめた話の後だ。ユイも私も静かな息を吐いた。
「どうしたんだ?珍しい」
私が訊いた。
「ちょうどいいや。坊や、教えてくれないか?香織とつ付き合うようになってから、他の女が寄りつかなくなったんだ」
「それでいいじゃないか。お前、香織ちゃんが、良かったんだろ?」
本命をゲットしたのだ。そんなこと、問題にならないはずだ。
「でも、ここじゃ、男がいないんだ。他の女達も俺に気があったはずだ」
「お前が香織ちゃんと仲良くなってから、こっちへの攻撃がすさまじいんだ」
坂本のお気楽な発言に脱力した。こっちの迷惑も考えてもみろ。
「何でだろう?」
坂本が必死に首を捻ると、ユイがクスクス笑って言った。
「坂本さんが、香織さんとできちゃったから、他の人が遠慮してるんだ」
「遠慮なんてしなくていいのに」
坂本が、口をとがらす。
「だって、桃源郷としては、腹違いの兄弟が生まれるより、全く血筋が違う子供が生まれる方が、望ましいんだ。そうじゃないと、第四世代は、血の近い人間ばかりになって、第五世代が生まれなくなるだろ?」
唖然とした。
そんなことまで、考えているのか?
「さっき斉藤さんに言った、精子を冷凍保存して使うのは、最終手段だ。実は、第一世代の精子も冷凍保存してあるんだ。だから、最終的にあれを使うこともできる。第一世代の中で、血が違う人の精子を使うんだ。でも、みんな、そんな実験みたいなことをして血の近い子供を産むよりも、通りすがりでもいいから、感じの良い人の子供を、自然に妊娠して産みたいって考えるんだ。その方が、第四世代の子供達の血が近すぎるって悩まなくてもいいだろ?それで、坂本さんや斉藤さんがモテたんだ。
だから、坂本さんが香織さんと仲良くなったら、他の人は、いくら坂本さんのことが好きでも、それ以上深入りしない。同じ父親の子供が複数いてもしょうがないから。
坂本さん、モテてたから、ハーレムを作ることだってできるって勘違いしたのかも知れないけど、ハーレムってのは、王様という一人の人の子供をたくさん残すためのシステムだ。できるだけたくさんの人の血を残したい桃源郷の目的からいって、相容れないんだ」
坂本が、絶句して顎を落とした。
十五、十六のセリフじゃない。
ユイは、これだから、男って世話が焼けるんだ、と言わんばかりに肩をすくめて、じゃあ、さっきの話は、伝えておくから、と言って出て行った。
ユイが出て行った後で、坂本が我に返った。
「あいつ、いくつだ?」
「十六……らしい」
「あのすさまじい姉ちゃん達と付き合ったから、ああなったんだろうか?」
「さあ……」
「でも、ちょっと、可愛いとこあるな。お前と話ししてるとこなんざ、何となく抱いたらどんなんだろう?って感じだった」
「……坂本。相手は男だ。やめておけ」
「いいじゃないか。織田信長は、濃姫も森蘭丸も抱いたんだ」
「世話になった桃源郷の重要人物の子供だぞ」
「冗談だよ。冗談」
坂本の目には、冗談ではすまされない鈍い光があった。香織以外の女にちやほやされなくなったので、少年にちょっかい出そうというのだろうか。
本命の香織が手に入ったのだ。いい加減にしろ!と叫びたくなった。




