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遠い記憶  作者: 椿 雅香
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小林家

襲撃を撃退した後の話です。戦闘の後ですので、血がさわぐのでしょう。それぞれのやり方でストレスを発散します。

Ⅶ 小林家


その晩、祝勝会があって、稲刈りの宴会以上に盛り上がった。だが、一番の功労者だというのに、舜先生もユイも現れなかった。


坂本の側にいた香織が片目をつぶって言った。

「きっと、舜先生、ユイをなだめてるのよ。あの子、本当は、恐がりの甘えっ子だから」


 戦闘の後だ。香織と坂本の雰囲気に異常を感じて、早々に退散した。部屋へ戻ろうとすると後ろから香織が追って来て、いつもの八畳を貸して欲しい、病室にでも寝て欲しい、と頭を下げた。


 私は、黙って頷いた。


 月が丸い。こっちへ来た頃は、三日月だったのに、まん丸になっている。あの日の月は、赤い色をしていた。今日の月は、青かった。


 人を殺したユイの心もこういう色に染まっているのだろうか。真っ青になって、舜先生にしがみついていたのを思いだした。


 ぶらりと田圃へ出た。稲刈りの終わった田圃は、切り株が並んでいる。青い月の光の下で、切り株が冴え渡る。


 どうして、どこの田圃もここのようにならないのだろう。

 

 水がないからだ。今年も水不足だった。それに、あの台風だ。 

 でも、台風はともかく、海水淡水化装置が実用化されているのだ。どうして、みんなあの機械を使わないのだろう。


 高価だからだ。

 だが、食べ物がなくて、死んでしまえば、それっきりなのだ。遊興に使ったり、高価な宝飾品を買ったりする金があるなら、どうしてその金で、海水淡水化装置を買わないのだろう。

 水不足になるかどうか、分からないからだ。

 

 これは、保険と同じだ。万一、水不足になったら、この機械で水を作って食べ物を確保するのだ。

 そんな水を使った農作物は、高価で売れないのだろう。それにしたって、食べなければ死ぬのだ。

 高くても売れるはずだった。

 食料不足で人口が半減した、あの魔の十年の時だって、金持ちは、ちゃんと食べていた。一般庶民だって、食に金をつぎ込めばいいのだ。いや、つぎ込む金がなかったのだろう。

 だったら、政府が、日本中に海水淡水化装置を設置すればいいのだ。人々は、安価な輸入食品を追いかけるのではなく、多少高くてもこの国の人達が作った物を食べたらいいのだ。みんなして、食べることを第一に考えればいいのだ。

 でも、それじゃあ、採算が取れないのだろう。

 

 採算。


 現代人は、誰が作ったか分からない数字に踊らされて、結局、自分の首を絞めている。いくら、余所の国で作った作物が安くておいしくても、我が国で食料を自給できなくなったら、万一の時、困るのは自分達だ。

 

 田圃の向こうに先客がいた。

 

 目を凝らすと、手に何か光るものを持っている。誰だろう。何となく、ユイであることを期待して、そっと近づく。


 やっぱり、ユイだった。


 気が立っているのだろう。

 前髪をしきりにかき上げる。そのくせ、だるそうにも見えた。

 月の光のせいだろう。人ではないもののように思えた。

 あの戦闘の後だ。以前のような透明な存在ではなく、どろどろしたものに覆われて、それを振り払おうとグルグルしているように見えた。


 手に金色に光るものを持って、誰かに話しかけている。

「じゃあ、ここに置くから、ちゃんと、見るんだぞ。いいな?」

 話しかけていたのは、とらネコだった。ユイが地面に黄金色の何かを置いた。ネコは、それをまたいで通り過ぎた。


 小さな溜息をついて、ユイがボソリと言った。

「やっぱり、そう来たか。じゃあ、次は、ミケ。頼む」

 先日、ひっかいた三毛ネコが、付き合ってられないという顔をして、さっき地面に置いた黄金色のものを無視して歩み去る。

「ちょっとお。ちゃんと、見ろよ」

 ネコは、ユイを見つめて、プイと横を向いた。

「分かった。分かりました。お前は、こんなものに興味がないんだろ?」

 分かればよろしい。

 ネコの声が聞こえるようだ。


「あーあ」

 ユイは、手に持っていた手帳に何かメモすると、地面に置いた何かを拾った。

 

 昼間見た顔と全く違った顔だ。

 

 戦闘の時は、冷酷な目をしてライフルを操っていた。戦闘の後は、父にすがって泣きじゃくっていた。今は、ぼんやりとした倦怠感に身を任せているように見えた。


 この少年が面白いのは、ネコを使って、意味のない実験をしようとしていることだ。

 ストレスを忘れようとしているのだろうか。それほど、昼の怯えた様子が印象的だった。


「やあ」

 黙って見ているのも、気まずくて、声を掛けた。

「あれ?また、出て来たの?」

「お互い様だろ?」

 私が言うと、ユイは、軽く笑った。

「ユイは、子供だから、もう、寝るんだ」

「俺も、怪我人だから、もう、寝る。でも、君は、寝る前に何の実験してるんだ?」

「ネコに小判って言うだろ?本当にネコは、小判に興味を示さないものかなって、実験しようと思って」

「今、そこに置いてたのは、小判なのか?」

「うん。見る?」

 頷くと、小判を渡してくれた。雑誌で見たことのある名の通った小判だ。

「おばあちゃんに借りたんだ。昔、集めてたんだって」

「こんな時間にしなくてもいいだろうに」

 小判を返しながら、言った。

「眠れそうに…ないから……」

「人を……殺したからか?」

「……」

「ああいうのは、正当防衛っていうんだ。こっちが、やらないと殺されてしまう展開だった」

「でも、人殺しは、人殺しだ」

「俺は、君が向こうのリーダーをやっつけてくれたおかげで、助かったことを感謝してる」

「……手にね。火薬の臭いが残ってるんだ。何度洗っても、お風呂で洗っても、取れないんだ。……マクベス夫人みたいだ」

「見せてごらん」

 少年の手を取って、臭いを嗅いだ。石けんの臭いがきつい。きっと、何度も石けんをつけてこすったのだ。


 何となく、その手が小さいことに気が付いた。骨が細くて、サイズも小さいのだ。

「石けん臭いだけだ」

 わざとぶっきらぼうに言う。

「火薬の臭い、してない?」

「ああ。気のせいだ。君が、自分のやったことに怯えてるから、気になるだけだ」

「そうかな?」

「ああ、心配しなくていいんだ。君は、ここの人達と、私や坂本を救ってくれたんだ」

 小柄な少年は、すがるように見上げた。


 本当にそう思う?

 問いかけるような視線だ。


「ネコの額、計測するか?」


 少年の目がきらめいた。約束を覚えていたことが嬉しかったのだろう。ふわりと笑って、ネコを手渡す。わたしがネコを抱くと、ポケットから巻き尺を取り出して、説明する。

 っていうか、そもそもそんなもんポケットに入ってるのが、おかしい。四次元ポケットか。

「えっとね、ここが想定生え際になるんだ。でもって、こっちが仮想眉」

 巻き尺を少し伸ばして、ネコの額を測る。測り終えるのを見極めて、そっとネコを降ろした。ポケットに突っ込んであった手帳にメモしたユイは、満足そうに息を吐いた。


 この少年に、ライフルは似合わない。こうやって、ネコと戯れている方が良い。あの戦闘の後だ。ユイの幼さが、心地良かった。


 何気なく手を差し出すと、ユイが手をつないだ。

 やっぱり。つないだ手は、小さかった。骨格が華奢なのだ。


 桃源郷本部の東側、小林家の居住域へユイを連れて帰った。


 歩きながら、ユイが、本部棟の西側に住んでいた凛博士の両親は、数年前に亡くなったので、西側が公共スペースになった、と教えてくれた。建物の西側では、まだ、飲んでいる人がいるようだ。 

 時々、歌声が聞こえた。


 小林家のエリアに着くと、舜先生が出て来て、

「一度、一緒に飲みたいから」

と、招き入れられた。

「今夜泊まる病室も近いから、こっちの方がいいだろ?」

 ギョッとした。香織から頼まれたことを知っているのだ。

 今更ながら、桃源郷には、プライバシーというものがないことを思い知らされた。

 凛博士や小林夫人も出て来て、一緒に飲んだ。

 

 ユイは、凛博士と小林夫人の間に座って、ホットミルクを飲んでいた。少しウイスキーを垂らしたものだ。これを飲んだら、寝ましょうね。凛博士が母親らしい指図をした。


「話は聞いた。君のおかげで、ユイは救われた。ありがとう」

 舜先生が真面目に頭を下げた。

 やっぱり、親は、この子が戦闘に向かないことを知っているのだ。

 知っていると言えば、リーダーの陽一だって、慎二だって知っている。ただ、この子の射撃の腕が、並々ならないものだから、戦闘には、この子が必要なのだ。


 舜先生は、外の様子をいろいろ尋ねた。

「前から、一度、聞きたいと思ってたんだ。今時の大学って、安全なのか?僕や凛が行った頃は、魔の十年の頃だったから、時々暴動やなんかが起きて危なかったんだ」

「ええ、たまに暴動が起きますが、交じらなきゃいいわけで、ほとんどの学生は参加しません。だから、心配なことと言うと、食べ物が不足してるってことぐらいですね」

「それで、君達は、廃村を巡って、野生化した農作物を探してたのか?」

「いや、こっちで聞きました。片山さんや小坂さん、それに中村さんは、自分達で第二、第三の桃源郷を作ろうって、努力されたそうですね。俺達、そんなことも考えないで、残ってる食べ物を探そうって、虫の良い話です。そんな手があるなんて、気が付きませんでした」

 第二、第三桃源郷の話を聞いた後だ。自分達の計画性のなさや、いい加減さに、冷や汗が出た。

「あの連中は、桃源郷のことを知ってたんだ。だから、桃源郷に指導してもらえば、自分達でも同じことができるって考えたんだ」

 舜先生が笑った。

「どうして、知ってたんですか?」

「翔くんやマキちゃんは、凛の友人だったから、ここのことを知ったんだ。でも、中村や小坂、それに黒崎は、ここを襲撃しようとして調べたんだ」


 昼の戦闘で大活躍だった中村、小坂、黒崎を思い出した。あいつ等、元々、襲撃する側だったのだ。どおりで、襲撃する連中の事情や戦法に詳しいはずだ。


「中村さん達は、どうして、立場が逆転したんですか?」

 思わず訊いた。

「あのまま、襲撃する側にいても、生きて行けないことに気が付いたんだ。君は知らないだろうが、魔の十年は、本当に生き抜くことが難しい時代だった。世界中で戦争が起きた。

 ここらでも、あっちこっちで暴動が起きて、当初、桃源郷は、タヌキ寝入りでもしてやり過ごそうって計画だったんだけど、それどころじゃなくなって、完璧な隠れ里になったんだ」




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