襲撃
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Ⅵ 襲撃
秋晴れの良い天気が続いた。稲を竿に掛けて乾燥させているのだ。天気が良いのは、結構なことだった。
あの台風のおかげで、町は、夏の始めから続いていた水不足から解放された。でも、台風の影響を受けなかった地域の人々は、相変わらず雨乞い気分で生活しているようだ。
桃源郷では、何事もないように、農作業が行われた。海水淡水化装置があるのだ。雨が降らなくても平気なのだ。
水野裕美をリーダーとする桃源郷農作業担当のみなさんは、私と坂本に、農作業のやり方を親切に教えてくれた。いつの間にか、私は、農作業が好きになっていた。
裕美は、収穫直前に、作物を倍から四倍に大型化する薬の散布もさせてくれた。ただ、その薬を作るのは、ユイの担当だということだった。
桃源郷で農作業をするようになって、私は、農作業と天気について、考えるようになった。こんな雨が少ないときは、水が少なくてもできる作物を植えなければならないのだ。
桃源郷では、サツマイモの収穫時期だった。春頃、今年は雨が少ないだろうとの予測の下、畑に植える作物をこれに決めたらしい。
何となく、両親のことを考えた。両親も、どこかで土地を借りて、サツマイモを植えているのだろうか。妹は、手伝っているのだろうか。その畑は、あの台風の被害を受けたのだろうか。
山間の廃村で食料を探すという、極めてその場しのぎで計画性のない自分達の方法が、子供じみたバカげたものに思えた。
収穫した米を倉庫に片づけ終えた頃だった。陽一が全員を招集した。
「台風で食べ物が手に入らなくなくなったせいだろうな。例の丸暴、長谷川組が動き出した。戦闘準備態勢に入る」
陽一の声が緊迫する。
「これで、三度目だ。みんな、分かってるな?」
「了解」
全員が低い声で答えた。心なしか、声に鎮痛な響きが帯びる。
「一度や二度は、気の迷いだ。大目に見る。でも、三度目は、バカが証明されたんだ。排除する」
陽一がドスの利いた声で宣言した。地獄の底から湧き上がるような冷え冷えとした声だ。
その声の調子で、無謀な襲撃者を返り討ちにする決定がなされたことを知った。
「各自、武器の手入れをしておくように。健二一家は、情報収集の続行だ。キーマンを調べてくれ。できたら、顔写真も欲しい」
陽一の弟の山道健二の一家――若菜の家族だ――は、ここでは、情報収集の担当なのだろう。黙って頷くのが、見えた。
ここで、陽一が、私達を振り返って言った。
「申し訳ないが、これから戦闘が始まる。協力して欲しい。どのみち、負ければ、お前達を含めて、ここにいる全員の命はない。向こうは、凶暴で有名な暴力団なんだ」
坂本と二人で絶句した。
「お、俺、ぶ、武器なんか使ったことないんだ」
やっとのことで坂本が言った。
先を越されたけど、俺だってそうだ。
「大丈夫。誰にでも使える武器がある。それに……パチンコは使えるようになったんだろ?」
悪戯っぽく笑う陽一に、坂本と二人で天を仰いだ。
とんでもないことに巻き込まれてしまったようだ。
一同が解散すると、凛博士が陽一にすがるのが見えた。
「陽一さん、ユイを使わないで。あの子の手を汚させないで」
「凛ちゃん。分かってるだろ?あの子は戦力なんだ」
「でも、凛には舜がいたけど、あの子には、誰もいないの。独りぼっちなのよ」
凛博士が俯いて、「あんな薬、作るんじゃなかった」と、泣き崩れた。
舜先生が、妻を抱きしめて言った。
「凛、あの子は僕がフォローする。心配するな。それに、あの薬のせいじゃない。じきに、ユイが証明する」
「ええ、でも、そしたら、人類が滅びかけてるかもしれないってことになるわ。だったら、あの子も、誰かと幸せな時間を持たせてあげたいのに」
「僕達と幸せに暮らしているじゃないか。桃源郷の外では、生きて行くのも難しいんだ。ここで、あの子は好きな研究をして楽しく暮らしてる。それで、何が不満なんだ?今の時代で求められる最善のことだ」
凛博士が、夫の胸に顔を埋めた。
親は、ここまで、子供の心配するのだ。
失踪以来、私は両親と連絡が取れていない。
この間には、台風まであった。今頃、親父やお袋も、私のことを心配しているだろうか。
その私が、戦闘に赴こうとしているのだ。何と思うだろう。
まあいい。親は、知らないのだ。心配しようがないじゃないか。
桃源郷にサイレンが鳴った。全員集合の合図だ。
驚いたことに、一同、迷彩服を着込んでいた。さすがに、第二世代の女達は戦闘に参加しなかったが、男達は、第二世代とはいえ戦闘要員だ。
桃源郷第三世代のアマゾネス達は、迷彩服に身を包み、ライフルやマシンガンを肩に提げている。 壮観だった。
全員、電動バイクで出動する。驚いたことに、凛博士の母親が発明したこのホバークラフトのバイクは、水上も走ることができた。大池の水上を突っ切って、岩だらけの山道をスムーズに進み、あっという間に杉林の外へ出た。
「陣形は、いつも通り。発電は例の機械に代替わりしたとはいえ、予備の発電装置である風車ガーランドを護ることを最優先とする。それぞれ配置に着け!」
陽一の指示で、それぞれ、岩や木の陰に隠れる。私と坂本は、例のパチンコと石の山、それに何だか分からないホースが付いた機械を与えられた。
「いいか、相手が怪我しても良い。さっさとやらないと、こっちがやられるんだ。とにかく撃って、相手の注意を逸らせてくれ。そうすりゃ、誰かが仕留める」
仕留めるって、どういう意味だ?
殺すってことか?
そういえば、さっき、陽一が、三度目だから、排除するって言わなかったか?
喉が干上がった。
相手は、スズメじゃない。人間なのだ。
それを排除する、つまり、殺すってか?
ユイが黙って頷くのが、目の端に入った。
今までと気配が違う。見たことのない鋭角的な雰囲気に包まれて、その体や髪に触れると手が切れそうだ。
陽一がマシンガン(そんなもん、どこから手に入れた?と問いつめたい気分だった)を構える。全員、息を殺した。
私と坂本の初陣は、桃源郷の圧倒的勝利に終わった。
向こうも、改造銃やライフルを準備していた。でも、扱いは、桃源郷の方が上だった。アマゾネス達は、冷静に敵の手足を打ち抜いた。
坂本は、パチンコを使って、敵の体のどこでもいいから攻撃しろと言われ、取りあえず、一番、的としてはずれにくいボディを狙って打った。スズメと違って、人は大きいから外れることはない。パチンコでひるんだ敵を、アマゾネス達が狙い撃つのだ。私と坂本は、スズメ狩りがこのための練習を兼ねていたことを知った。
私は、ホースの付いた機械の担当だった。
どういう仕組みなのかは分からない。スイッチを入れると、ホースから、水ヨーヨーが連射した。
二秒に一個飛び出すのだ。水ヨーヨーで敵の目や口を狙うよう言われ、その辺を狙う。敵の顔に水ヨーヨーが当たって破裂した。痛いのだろう。敵の戦意は、目に見えて落ちた。そこをアマゾネス達が、狙い撃つのだ。
舜先生とユイは、別の仕事をしていた。
陽一が絶叫すると、それに呼応して、舜先生とユイが順番に襲撃グループのリーダー格五人の眉間を撃ち抜いたのだ。信じられない精度だった。いや、精度以前に、人の命を奪うことを躊躇しない態度に、鳥肌が立った。
唖然として、坂本と顔を見合わせた。
「何してる!自分の仕事をしろ!」
呆然としていると、陽一の叱責が飛んだ。
襲撃グループの一人がやけくそになって、アマゾネスの一人――香織だった――に向かってナイフを投げた。香織の悲鳴が上がる。脇から銃声が上がって、ナイフがはじかれた。撃ったのは、ユイだ。
学校って、どんなとこ?
あどけない少年は、冷酷なスナイパーだった。目の光が鋭い。
ナイフがライフルで撃たれたのを見た襲撃グループの面々は、悲鳴を上げて逃げ出した。レベルが違いすぎるのだ。これじゃあ、殺されに来たようなものだ。先を争って逃げ出した。
「二度と来るな!来たら、全員、死んでもらう!」
陽一の叫びが、駄目押しした。
桃源郷の面々は、死んだ五人の遺体を葬った。
「これも、失踪になる……近頃は、失踪事件が多いわ」
アマゾネスの一人、山道若菜があっけらかんと言った。
「この人達は、元の居場所へ戻らないわ」
山道麻美が溜息をついた。
「食物連鎖の一助となれば、役に立つし、こっちも助かるじゃない」
笹岡悠子が言った。
舜先生がユイを抱きしめているのが、目に留った。
左手で抱いて、右手で背中を優しく撫でている。
「よしよし、お前は、よくやった」
そう言うのが、聞こえた。
ユイは、真っ青になって父親にしがみついている。
人を殺したのだ。
自分のやったことに怯えているのだ。
その姿に、私は少し安堵した。平然としていられたら、ユイの人間性を疑っただろう。
「舜、そうやってると、凛ちゃん抱いてた時みたいだな」
陽一がわざと明るく笑うのが、聞こえた。
「でも、さすがは、舜と凛ちゃんの子だな。ナイフを撃ち落としたのは、最高だぜ。親父が生きてたら大喜びしただろう」
桃源郷のライフルの先生は、陽一の父である亡くなった山道氏だ。
「でも、凛ちゃんと同じだ。もともと、血を流すのが嫌いなんだ。可哀想に」
水野慎二がつぶやいた。
血を見ることが嫌いな少年の力を借りなければならないほど、桃源郷は、追いつめられていた。




