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遠い記憶  作者: 椿 雅香
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スズメ狩り

スズメ狩りのシーンがあります。苦手な人はスキップしてください。

 翌日、前日の宴会の後遺症(二日酔いとも言う)と戦いながら、お姉さま方に誘われて、スズメ捕りに出掛けた。何のことはない。田圃にこぼれ落ちた米をつつきに来るスズメをパチンコで撃つのだ。


 パチンコは子供の頃やったが、桃源郷ここのパチンコは、Y字型の木にゴム紐を付け、小石なんかをつまむ部分が皮でできた立派なものだ。後で、桃源郷の備品だと聞いたが、確かに、よく見ると、持ち手の部分に番号が書いてあった。

 

 頭を狙えと言われたが、チュンチュンと鳴きながらあちこちつつくスズメは可愛らしく、殺すのが残酷に思えて躊躇してしまう。

 そんな私にお構いなく、お姉さま達は、例によって指導教官よろしく手取り足取り(まさか、腰までは取らないが)、教えてくれた。

「ほら、もっと、ゴムを引っ張らないと」

「こうやってね、力抜いた方が狙ったところに当たるの」

「なかなか上手になったじゃない」

「惜しい、もうちょっとだったのに」

 こんなに騒いでいたら、スズメが逃げてしまいそうだ。坂本の指導教官は香織で、恋人の指導を受けるあいつを心底羨ましく思った。


 小石を飛ばすと、スズメが逃げる。逃げる前に仕留める速さと精度が要求される。結構難しくて、私達がもたもたとしていると、すぐ脇から鉄砲玉のような小石が飛んで来た。


 チュン。と一声鳴いて、一羽が跳ねて落ちた。他のスズメが、一斉に飛び去る。


「何してるの?さっさと捕まえなよ」

 横から平然と現れたのは、ユイだった。

「捕まえるって、君。殺してるじゃないか」

「それがどうした?あのスズメは、ボク等が必死で働いて作った米を食べて太ったんだ。それだけのリスクを冒している以上、殺されても仕方がないんだ。

 スズメがボク等の米を食べるのも食物連鎖なら、ボク等がスズメを食べるのも食物連鎖だ。食物連鎖の一環として、ボク等の食料にするんだ」

 

 理屈としては分かる。

 分かるが、感情がついて行けない。

 牛や豚を食べるのにスズメがダメだなんて理論矛盾もいいとこだ。現に、京都の伏見稲荷では、スズメの丸焼きが名物らしい。

 

 残酷というのではない。だが、現代人は、肉を食べても、それが牛や豚を殺して得た食材だという認識が欠けている。その事実を突き付けられたようで、何とも居心地の悪い気分になった。


 私は何も言い返せなくて、幼さを残した顔をまじまじと見た。まして、坂本はユイに会うのは初めてだ。あまりにも普通じゃない少年に、呆然自失だ。


「ユ~イ。あなたは上手だから、あっちでやってよ。斉藤くんや坂本くんに頑張ってもらいたいんから」

 農作業担当の水野佳子が、メッという感じで優しく睨むと、ユイが肩をすくめて、離れて行った。

 あっけにとられる私と坂本を残して。 


 気を取り直して、坂本と競争しながらスズメを捕った。スズメが逃げる前に素早く狙って撃つのは結構難しい。それでも、それなりに上手になって、お姉さま達に褒めてもらえた。


 休憩しようとしたとき、離れたところでユイが黙々とスズメを捕っているのが目に留まった。

 ユイは、まるでスナイパーだ。片目をつぶって、狙いをつける。息を殺して、ゴムを掴んでいた指を放す。次の瞬間、スズメが跳ねて死んだ。

 この日ゲットしたのは五十数羽で、うち三十数羽はユイの手柄だ。

 私と坂本の二人がかりでもユイに及ばなかったのだ。


 三時少し前、笹岡悠子にせがまれたユイが、近くにあった柿の木に登って、上の方の枝になっていた実を投げた。例の薬のせいでまるでドッジボールのような大きさだったが、それが私達の本日のおやつになった。


 ユイは、パチンコも上手いが、木登りも上手い。研究室にこもって研究だけしているわけじゃないらしい。学校に通っていたら、きっと女の子にモテモテだろう。


 

 ある晩、私は、客間の縁側で横になっていた。

 いつもは使わない筋肉を使ったせいだろう。稲刈りから日が経ったというのに、体中が痛かった。

 風呂上がりに湿布剤をもらって貼り、ゆっくり体を伸ばして目をつぶった。


 坂本は、夕食後、風呂もそこそこにどこかへ行ってしまった。きっと、香織とデートしているのだろう。


 桃源郷は、食べ物もおいしいし、女達の攻勢を除けば、居心地の良い場所だ。だが、ここを出るまでに、相手を決めて、求めに応じなければならない。


 行為を強制されるのは、気詰まりだった。強制されなかったら、こんなに良い娘が揃っているのだ、きっと、誰かに恋をしただろう。

 でも、生来のへそ曲がりが邪魔をして、素直になれないのだ。

 坂本は、気にするな、と言ってくれた。

 好きな女ができなかったら、それこそ、サイコロでも振って決めれば良い、と言うのだ。

 桃源郷には、一方ならぬお世話になっているのだ。女達もフェロモン過多を除けば、可愛らしくて、気立ても良い。求めに応じるのが筋だ、と言うのだ。


 でも、どうにもこうにも、こっちを種馬として見る態度に辟易して、前へ進めない。

「斉藤、お前、前から抹香臭いところがあったけど、こんな場面で、優等生面するなんて、変人だな」

「いや、女は好きなんだ。でも……無理強いされるのは、何というか、気が乗らないんだ」

「気が乗らなくても、これは、一宿一飯の恩義に報いる唯一の方法なんだ」

「分かってる。分かってるから、なお、気が乗らないんだ」


 香織とよろしくやっている坂本が恨めしかった。

 

 俺は、変人なんだろうか。



 庭の向こうから視線を感じた。


 薄く目を開けると、小林家へ続く木戸の向こうに、少年が立っていた。

 少年は、黙って私を見ていた。いや、先日と同じだ。観察していた。

 ネコを観察するように、私という生き物を観察していた。その視線に何の感情もないことが、新鮮だった。

 少年は額にかかる前髪をかき上げて、静かな息を吐いた。癖のある短い髪は、少年の端正な顔に不思議な印象を与える。


 ネコの額を計ろうとしていたときや、スズメを狩ったとき、柿の木に登って大きな実を投げたときと、全く違った表情をしていた。あえて言うなら、透き通った表情だ。

 

 月明かりのせいだろうか。

 凛博士に似た少年が、人ではないもののように思われた。山の精が、人の形をとって、異世界(桃源郷)に迷い込んだ私を見物に来たように感じた。

 声を掛けると、少年が消えてしまいそうで、動くことができない。金縛りにあったようだった。





何でもできるユイです。


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