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遠い記憶  作者: 椿 雅香
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斉藤の危機(四面楚歌)

 色気づいた香織は坂本に押しつけて、食べることに専念した。近頃見ないご馳走が並んでいたのだ。


 坂本は香織に好意を持っているから、いいだろう。でも、私は、未だに、好きな娘に出会わないのだ。こんなに若くて可愛い女の子が大勢いるというのに、最初の印象が悪すぎたせいだ。


 いや、それだけじゃない。潔癖症だと笑われても仕方がないが、単なる精子提供者として見られることが嫌なのだ。 

 私の感覚では、恋愛はもっと崇高で情熱的なものだ。

 その行き着く果てに行為があるとしても、それだけが全てという動物的な割り切り方は、何となく嫌だったのだ。

 

 やけくそになって食べ、食べながら考えた。


 せっかく作った第二、第三、第四桃源郷はどうなったんだろう。もしかして、私と坂本が、食べ物を探し回った廃村のどれかが、それだったのかもしれない。


 口の中でブツブツ言いながら食べていると、女達が側へ来た。どうやら、一同は、坂本を香織に任せて来たらしい。彼女達にとって、あの二人は既成事実なのだ。


 俺の側に寄るんじゃない!

 慌てて腰を浮かそうとすると、第三世代最年長の笹岡悠子に腕を掴んで座らされた。

 ギプスの足じゃ、機敏に動けない。

 逃げられないのだ。


 助けてくれ!


 十人ほどの女に囲まれて、正直、恐怖を感じた。四面楚歌どころの話じゃない。

 私の気持ちにおかまいなく、女達は婉然と笑いかけた。

 あちゃー。

 天を仰いだ。

 深呼吸を一つして、一同を見渡す。情けなくて、溜息が出た。


本当(ほんと)、往生際が悪いんだから……」

 山道若菜が、喉で笑う。

 彼女は、坂本が駄目だったので、私に言い寄っているのだ。フェロモン過多で、側にいると息苦しい。

「でも、そういうところ、可愛いわあ」

 香織の姉の小坂佐織が、うっとりと目を細める。


 よしてくれ!俺は、あんたに興味がない。


「ねえ、坂本くん、香織がいいのかしら?どう思う?」


 水野佳子が情けなそうに訊いた。


 あんまり交りたくない話題だが……仕方がない。

 腹をくくって、答えた。


「みなさん素敵なんですが、多分、坂本には、香織ちゃんがいいんだと思います」

 

 周りで、溜息が漏れた。

 

 しかし、女達は立ち直るのが早い。ものの三十秒で方針転換して、全員、私ににじり寄った。


 全方向から包囲されているのだ。じんま疹が出そうだ。


 俺の側に寄るな!声に出して叫びたくなった。


 私が女嫌いになったら、桃源郷のせいだ。

 

 桃源郷には、世話になった。食べ物を分けてもらった。足の治療もしてもらった。でも、女嫌いという後遺症が残ったら、将来的に恋愛もできないし、結婚だってできない。


 どうしてくれるんだ!


「斉藤くん、真面目すぎるのよ。考えてどうにもならないことは、考えすぎないことよ。もっと、物事をポジティブに考えないと」


 笹岡悠子がニッコリ笑った。

 

 誰のせいだと思ってるんだ!と、叫ぼうとして気が付いた。

 笹岡悠子の言うとおりだということに。


 そうだ。ジタバタしてもどうにもならない。

 考えて、どうこうできる話じゃないのだ。私が桃源郷に迷い込んだことも事実だし、足が治るまで桃源郷を出られないことも事実なのだから。


 頭の中で必死に考えた。


 ポジティブに考える?

 そうだ。この局面を悲観的に見るんじゃなく、もっと、前向きに見た方がいい。


 桃源郷のおかげで、行き倒れにならずにすんだのだから、ラッキーだった。と、いうことにしておこう。

 台風の時だって、K市にいたら、死んだか、行方不明になっていたかもしれないのに、桃源郷(ここ)にいたから助かったのだ。と、いうことにしよう。

 そうだ。桃源郷(ここ)のおかげで、今日の自分があるのだ。と、信じることにするのだ。


 でも、このお姉さま方は、どうしたものだろう?見回すだけで寒気がする。


 よーし、頑張って見方を変えてみよう。と、自分を励ました。

 

 この状況を、桃源郷のニュースソースのみなさんが、向こうから情報提供にいらしてくれた、と考えることにしよう。うん。それがいい。そうしよう。


 というわけで、お姉さま方に、今まで聞いた話を整理してもらうことにした。それが、これからの私の方針決定の助けとなるのだから。

 

 ゆっくり唾を飲み込んで、思い切って質問した。

「第一世代と第一世代の子供の第二世代、そうしてその子供のみなさん達が第三世代だって聞いたんですが、第二、第三、第四桃源郷のメンバーは、第何世代になるんですか?」

「第二、第三、第四桃源郷のメンバーは、第二世代とされるの。と言うのは、年齢が、第二世代に近いからなの。で、その子供の私達が第三世代ってわけ。でも、第三世代でも陽一おじさんとこの貴子さんは、元第三桃源郷の黒崎さんと結婚したし、私は、真紀子おばさんの弟の良介と結婚したから、厳密に言うと二・五世代ってことになるかしら」

 笹岡悠子が笑いながら言った。

 

 そうか。エンジニアの黒崎貴子は、山道陽一の娘だったのだ。なるほど、父親の陽一もエンジニアだ。そうやって、人材を育成しているのだ。そういえば、もう一人のエンジニアの片山律子は、片山 翔の娘だ。片山 翔は、凛博士の研究の助手をしているから、律子は、そのまた助手のようなことをしているのだろう。


ここで、ふと、気が付いた。

「悠子さんの旦那さんの良介さんって、あそこにいる人?」

 昼間、片山真紀子が、そう呼んでいたのだ。

「ええ、そうよ」

 笹岡悠子が平然と答える。

「悠子さんといくつ違うんですか?」

 どう見ても四十前後なのだ。

「私が、二十九で彼が四十三だから、十四違うの。仕方がないじゃない。最初の頃、桃源郷に女が少なかったんですもの。良介があぶれてしまったの。でも、最近は、男が少なくて、女があぶれてしまってるの」

 悠子が喉で笑った。

「もう、姉さん、自分だけ、さっさと結婚しちゃったもんだから、気楽でいいわね」

 妹の佳子が文句を言う。

「いいじゃない。その代わり、坂本くんや斉藤くんみたいな、いい男と仲良くできるんだから」


 悠子が、あまりにもあっけらかんと言うので、絶句した。ここでは、結婚も計算ずくで行っているのだ。そういえば、戻って来た第二世代を適当にくっつけたと言っていた。他の地域から伴侶を求めるには、食料が足りなかったからだ。それが嫌なら、一生独身で通すしかないのだ。

 いや、そうすると、桃源郷(ここ)の人口が減るから、無理やり誰かとくっつけるのだろうか。


 坂本によれば、桃源郷(ここ)の女達は、子供だけ欲しいらしい。食料の総量が足りないせいだ。

 でも……だからと言って、そこまでやるか?

 日本国憲法の下では、婚姻は、個人の意志が最優先されるのだ。集落のために個人を犠牲にするのは、違憲だ!

 待てよ。憲法は私人間に直接効力を有するわけじゃない。私人間には個別の民法その他の法律が適用され、憲法は個別法規の解釈に当たって指針となるだけだ。だから……。

 って、これって、そんな大層な話だろうか?ここの人達の趣味をとやかく言うのは、失礼なことかも……ええい!何が何だか、わからなくなった。


 深呼吸して、頭を切り換えた。

「で、第三世代って、ここにいるみなさん達で全員なんですか?」

「どういうこと?」

 山道若菜が訊いた。

「つまり、第三世代は、他にいないのか?ってことです」


 ここにいる娘達の誰にも特別な感情を持てない。でも、他の女がいるなら、まだ、希望がある。何とかなるかも知れない。必死で自分を落ち着かせた。

 頑張れ、俺!


「第三世代は、全部で十七人いるの。でもって、片づいてしまったのが、二人。現在、妊娠中が一人。ここには、あなたと坂本さんのデータをパソコンで見て、興味のあるが集まってるの。だから、ここいる十一人の他にも第三世代がいるか?って訊かれたら、いるって答えるしかないけど、向こうもあなたに興味があるわけじゃないし、時間もないのよ。あなたが知るチャンスはないと思うわ」

 

 年の功だ。笹岡悠子が平然と説明した。


 そうだ。怪我が治ったら、ここを出なければならないのだ。桃源郷にそういう行為を要求されるのは、帰るまでの三ヶ月間だ。しかも、もう、一ヶ月半が過ぎているのだ。

「教えてあげよっか?他にはね……今言った陽一おじさんとこの貴子さんは、黒崎さんと一緒にあそこで食べてるけど、あの人は既婚だから、ターゲット外でしょ?で、私の姉さんの紅葉は、そこで、父さん達と一緒にいるけど、ただ今、妊娠中だから無理。あと、向こうで中村さん達と笑ってる三人は、体育会系が好みだから、斉藤くんが頑張っても駄目だと思う。でもって、最年少は、舜先生と凛博士の子供なんだけど、第三世代唯一の男なの。だから、第三世代の全員があなたに言い寄ってるわけじゃないのよ」

 

 若菜が意味深に見つめた。


 ということは……どうしようもないのだ。

 ここにいるメンバーの中から、誰かを選ばなければならないらしい。女達が嬉しそうに肩に触れたり、手を握ったりする。虫ずが走りそうで、セクハラでノイローゼになる人の気持ちが、よ~く分かった。

 って、普通、セクハラって、男が女に対してするもんだろ?クソっ、桃源郷(ここ)は、つくづく普通じゃなかった。


 やけくそになって、再び話題を変えようと、つぶやいた。

「舜先生と凛博士、どうして、昼間、こっちじゃなくて、上を手伝いに行ったんだろう?下を手伝えばいいのに」

「無理よ。前に、バカな男が、あの子に危害を加えようとしたことがあるの。だから、凛博士も舜先生も余所の人には、ナーバスなの」

 片山依子が笑って、教えてくれた。

 こんなにお世話になっていながら、危害を加えようとするヤツがいたのか?

「あの子は天才なの。何せ、小野寺ファミリーの直系なんですもの。だから、あの子の命が惜しいなら、俺の言うこと聞けってバカがいたの」

 片山律子が、冷たく言った。


 小野寺ファミリーの直系。どんな子だろう?


 向こうで片山真紀子(律子、依子の母)や小坂耀子(香織、佐織の母)と一緒に小柄なおばさんが笑っているのに気が付いた。楽しそうに三人でじゃれ合って、まるで女子高生のようだ。あれが、凛博士なのだろう。


 あの人も小野寺ファミリーの直系なのだ。そうして、集落の最重要人物だ。

 この集落の中心人物があんなおばさんだと言うのが信じられなくて、惚けたように見とれていると、舜先生が私の肩をたたいた。私の考えていることが分かったのだろう。悪戯っぽく笑って言った。

「君も凛に興味があるのか?余所から来た人は、みんな彼女に興味を持つ。でも、凛は、僕の妻だ。手を出さないで欲しい」

「いや、そんなことはないわけで……」


 あんなおばさんに手を出すほど物好きじゃない!と、叫びそうになった。


 私の心の声が聞こえたのだろうか?舜先生が、当然のような顔で言った。

「凛は、研究ではすごいけど、他のことでは、子供のような人だ。だから、桃源郷のリーダーは、陽一さんと慎二さんなんだ」

 舜先生が私の側に座り込むと、女達が席を開けた。正直、ホッとした。女達の攻勢が凄まじかったのだ。


「どうして、あなたは、リーダーにならなかったんですか?」

 思い切って訊いた。

 ここに来て、いろいろお世話になったが、舜先生は頭も良くて人望もある。周りを動かすリーダーシップだってある。どうしてこの人がここのリーダーじゃないのか、首を傾げるほどだ。


「僕は、凛の担当だ。坂本くんが、ここのことを根ほり葉ほり調べてたから、君も聞いているんだろう?凛は、桃源郷の象徴なんだ。二酸化炭素を酸素と炭素に分解する研究を、おじいさんからご両親が引き継いで、それまた、凛が引き継いで。

 凛がいるから僕達は団結できるんだ。だから、凛の使命は重い。できなかったら人類は滅びるって、追いつめられて、必死で研究したんだ」

  瞬先生は、息を一つ吐いた。

「ようやく、完成して……良かった。本当に良かった。凛は、やっと、肩の荷を降ろすことができたんだ。僕の仕事は、追いつめられて苦しむあの人を支えることだった」

 ふわりと笑うその人は、雄々しく、力強く、そうして優しい眼差しだった。


 男前の医者は、私から桃源郷の感想を聞いて、小さく頷いた。そうして、私の肩を軽くたたいて、凛博士の方へ歩いて行った。

 彼は、極上の笑顔で笑いかけると、片山真紀子や小坂耀子に頭を下げて妻に退席を促した。笑顔で退席する二人は、『幸せ』という題の絵のようだ。


「舜先生と凛博士って良いでしょう?私もあんな結婚がしたいんだけど、相手がいないのよねぇ」

 隣にいた片山依子が溜息をついた。

「お二人のお子さんが、いるじゃないか」

 私が言うと、依子は、意味深に肩をすくめた。

 酔った勢いで、山道若菜が寄りかかってきた。目的が見え見えなのだ。先ほどからの攻勢にげんなりしていた私は、疲れを感じるほどだ。 

 

 坂本は、香織と二人きりの世界に浸っているようだ。こんなに人がいるのに、香織しか見えていない。

 

 何となく、桃源郷に入り込めない自分がいた。疎外感を感じて、無性に、坂本がうらやましかった。


 男が少ない集落。女達は、ここを出て、どこかへ別のところへ行こうと思わないのだろうか。


 この食料難だ。外の世界では、暴動だって起きている。親達が娘を手放したくないのだろうか。




坂本くんが片づいたので、斉藤が矢面に立つことになります。

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