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遠い記憶  作者: 椿 雅香
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桃源郷の成り立ちと問題点


 稲刈りの後で、例の二酸化炭素を分解する機械を稼働させたお祝いも兼ねた宴会があった。


 本部棟のリビングと食堂の境をとって大広間にし、中庭に面した引き戸をはずして、庭にもテーブルを並べた。

 ここのメンバーが全員集合したのを初めて見た。上の田圃で働いていたメンバーを含めると、五十人近くいるのだ。


 坂本は、ドーム作業や稲刈りを通じて、香織と仲良くなれたようだ。宴会場の隅で、香織と体を寄せて、桃源郷の話に興じている。

 お邪魔虫だということは、百も承知だが、香織の話が面白くて、二人の側に座り込んだ。



「……でね、桃源郷って、もともと、第一世代の六家族から始まったの。つまり、凛博士のおじいちゃんの小野寺博士とご両親の小野寺夫妻と凛博士の四人、小林家のドクターの小林先生と薬剤師の小林夫人と舜先生の三人、後は、教師の野中夫妻、エンジニア兼猟師の山道氏と格闘家の山道夫人、漁師兼ハッカーの水野氏と栄養士兼調理師の水野夫人、建築家の中原氏と農業専門家の中原夫人の十五人ね。

 で、食料事情が悪くなって、日本中で暴動が起きるようになったでしょ?魔の十年って言われてるあの時期よ。その時、それぞれの子供――つまり、第二世代ね――を桃源郷に集結しようってことになって、山道家では、エンジニアの陽一おじさんと探偵の健二おじさんを、水野家では、公務員だった慎二おじさんを、中原家では、出版社に勤めてたキャリアパースンの裕美おばさんと社長秘書だった愛美おばさんを呼び戻したの。

 で、食料事情も良くないし、お互い好意を持ってるからって、陽一おじさんと愛美おばさん、慎二おじさんと裕美おばさんを、みんなして、くっつけちゃったの。

 でもって、舜先生と凛博士は、桃源郷が始まった時から許嫁だったから、みんなが結婚するのならこの際って、一緒に結婚しちゃたの。凛博士は、まだ、十六だったらしいわ。

 ここって、無茶苦茶でしょ?

 律子や依子のお父さんの翔おじさんは、凛博士にぞっこんだったらしいの。だから、舜先生が、サッサと凛博士をものにしちゃって、ものすごく怒ったみたいよ。

 でも、凛博士の親友のマキおばさんが、まあまあってなだめて。あの頃、二人は、恋愛どころじゃなかったらしいの。桃源郷の食料の生産力が今ほどじゃなかったから、自分達で第二桃源郷を作るために頑張ってたの。

 で、二人はウチの父さんと知り合って、第二桃源郷を作ることに成功したってわけ。その時、マキおばさんの幼なじみだった母さんが、一緒に第二桃源郷に参加することになって、後に、父さんと結婚したの。翔おじさんとマキおばさんも大学を出てから結婚したわ。

 父さん達が第二桃源郷に夢中になってる頃、父さんの恩人の中村さんが、あの時代の食料難には、父さん達のように自給自足の生活をしないと生きて行けないことに気が付いて、舜先生に、第三桃源郷を作りたいから指導して欲しいって頼んだの。

 で、中村さんの知り合いの人達が第四桃源郷を作って、この近くでは、あっちにもこっちにも桃源郷ができたの。

 でも、あの魔の十年では、第二桃源郷以下、もろ、襲撃の対象になったの。何しろ、周りに何もないから、襲撃を受けやすかったの。で、その頃には、凛博士の農作物を二倍や四倍にする薬が完成してて、桃源郷の生産性が上がったこともあって、関係者全員で、桃源郷ここに集結したってわけ」


 私と坂本は、目を剥いた。


「昼の話なんだけど……みんなが集まるには、住むスペースや田圃や畑が足りないことに気づいた桃源郷が、山の上の方まで桃源郷を広げて、今日の桃源郷になったって話よ。

 雑木林を切り開くのは、酸素の供給という意味では痛かったけど、関係者全員をここへ引き取るには、やむを得ないと判断したらしいの。

 で、父さん達は、やっとのことでここに集結して、外部から遮断したの。だから、外界からは、桃源郷は見えないでしょ?特殊なバリアになってて、外から見ても、中がどうなってるか分からないようになってるの。

 あのバリア、強さの調節できるだけじゃなくて、四分割して使えるようなってるの。この前の台風の時は、南側の大池付近のバリアを解除したから、あの付近で台風の影響を受ける田圃や畑にドームや小型バリアを設置して、個別に防護したの。

 もし、あの機械を稼働させる予定がなかったら、多分、バリアのパワーを強くして、私達は何もしなくても良かったはずよ。風車ガーランドだって、全部、バリアの中に入るようになっているんですもの」

「風車ガーランドって、斉藤が作ってた、例のあれか?」

 坂本が訊いた。

「ええ、斉藤くんが、病室で作ってくれた部品よ。杉林全体で発電するから、大量の電気を作ることができるの。でも、今度の二酸化炭素を分解する機械を稼働させるには、一時的だけど、風車ガーランドで作る電力じゃ足りなくて、もっと膨大なエネルギーが必要だったの。それで、台風が来るのを待ってたってわけ」

「で、風車ガーランドで作った電気、いや、今は、二酸化炭素を分解する機械で作った電気を使って、海水淡水化装置を動かしてるんだな?」

 坂本が、香織を見据えて、確認した。

「そう、だから、ここでは、水や電気の心配をしなくていいのよ。で、その潤沢な水と電気を使って作物を作るのは、以前は、中原夫人がリーダーになってやってたんだけど、夫人が亡くなってからは、娘さんである裕美おばさんの担当になってるの。調理担当の水野夫人が亡くなってからは、台所の責任者を愛美おばさんがしているのと同じね」

 

 一息ついた香織の目が、キラリと輝いた。


「で、ここからが、私達第三世代の問題なの。食べ物の問題は、解決したの。問題は、第三世代として生まれた子供が、何故か女ばっかりってことなの」

 

 私と坂本は、思わず身を乗り出した。桃源郷の謎だった。


「最初、凛博士は、作物を二倍や四倍にする例の薬の影響を疑ったの。あの薬のせいで、女ばっかり生まれるじゃないだろうかって」

「そんな微妙な薬なら、使うのを止めたらいいじゃねえか」

 坂本が、投げやりに言った。

「だって、あの薬を使わなかったら、食料が足りなくて、餓死するしかなかったのよ。緊急避難だったの!」

 

 なるほど。思わず納得した。こんなことに納得する自分が恐ろしい。


「でも、ユイが研究して分かったの。あの薬のせいじゃない可能性が強いって」

「ユイって?」

 私が口を挟んだ。初めて聞く名前だった。

「凛博士と舜先生の子供よ」

 香織が、簡単に答えた。

「でも、香織ちゃん、あの子、まだ、十五、六だって言ってなかったか?」

 坂本が喘ぐように確認した。

 会ったことはないが、桃源郷で唯一の若い男だ。坂本にとっちゃ、ライバルだ。意識して情報収集していたのだろう。

「小野寺ファミリーは、代々天才なの。凛博士だって、高校の時、風車ガーランドを発明したし、その問題の薬だって、本格的に実用化したのは、もっと後だけど、最初に発明したのは、高校の時らしいの」

「あのおばさん、そんなすげえのか?」


 坂本が目を剥いた。

 坂本は、何度かすれ違ったことがあるのだ。小柄で華奢な、どこにでもいそうな、おばさんらしい。


「そうなの。だから、ユイが、十歳の時、あの薬の研究をするって言ったら、みんなで応援したの。上手く行けば、改良できて、男が生まれるようになるかも知れないって」

「でも、駄目だったんだな?」と、坂本。


 私は、唖然として言葉も出ない。惚けたように聞いているだけだ。


「そう。ユイが、あの薬で餌を作って、鶏に食べさせたり、牛や豚に食べさせたりしたの。

考えてもみてよ。鶏も牛も豚もメスの方が、都合が良いのよ。卵や牛乳が採れるでしょ?豚だって、子豚を産んでくれるわ。

 でも、やってみたけど、オスとメスの割合は、半々だったってわけよ。

 つまり、桃源郷でメスが多いのは、人間だけってこと。

 それで、ユイの仮説は、こうなるの。考えられるのは、二つ。桃源郷では、個体数が少ないので、正しい統計が望めないってのが、一つ。もう一つは、人類が滅亡に近づいているので、どうしても、メスの割合が多くなるってこと。

 ユイによれば、自然界においては、種の滅亡が近づくと、その種は存続を図ろうとして、メスの割合が多くなるって言うの。つまり、雌雄同数だと、メスが妊娠している間は、新しい受胎が望めないでしょ?メスの数が多ければ、別のメスに受胎させることができるってわけよ」


 香織が、あまりにもあっけらかんと言うので、私も坂本も息もできない。


「で、ここからが、あなた達の話になるの。こうして貴重な食料を提供しているんだから、あなた達も桃源郷の行く末に協力して頂戴ね」


 香織は、婉然と微笑んで、坂本に流し目を送った。



 桃源郷(ここ)は、本当にアマゾネスだったのだ。思わず後ずさりした。



あっけらかんと説明すると、簡単なことなのでしょう。でも、斉藤は、ついていけないようです。

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