稲刈り
桃源郷の稲の作柄は、すばらしかった。ここ数年の水不足で日本中が難儀していたが、ここは豊作だったのだ。どうやら、坂本が言うように、海水淡水化装置があるというのは、本当のようだった。
水が潤沢にあるのだ。照りも良かった。何しろ、やけくそみたいに暑かったのだ。豊作になるに決まってる。
稲刈りなんか初めてだ。
被害を受けた地域の人々に悪いと思いながらも、何となくワクワクした。
桃源郷では、全員で稲刈りをする。普段は研究室に籠もっている凛博士や助手の片山 翔まで参加するという。
田植え機のような稲刈り機が何台もあって、それを押して行くと、一株ずつ括られた稲束が水の引いた田圃に並んだ。その稲束を、全員で竿に掛けていくのだ。コンバインを使わないのは、田圃の形が不規則で使いにくいのと、この方が味が良いからだ。
私と坂本には、集落の若い女達が群がった。
こんな作業でも、男を意識するのだ。数えてみると若い女が十人ほどいて、田圃のあちこちで働いていた。坂本が言うとおり、若い男は見かけなかった。
痛みは減ったものの、まだ、松葉杖なしでは歩けない。私は、もっぱら、稲束を竿に掛ける担当となった。女達が、竿の側に立っている私の元へ括った稲束を持って来てくれるのだ。
昼休みの休憩時間、みんなで車座になって弁当を食べた。調理担当は、山道麻美とその母親の山道愛美(つまり、陽一の妻だ)、それに水野慎二の娘で笹岡良介の妻の笹岡悠子だ。
三人は、稲刈りに参加せず、朝から豪華な弁当を作ることに専念していたらしい。見たこともない見事な弁当を持って、田圃に現れた。
煮物、焼き物、和え物、酢の物、それに、若い私達のためにフライまであった。
ご飯は、食べやすいようにおにぎりになっていて、海苔なんか、どうやって手に入れたんだろう、と、思った。
全員が集合して、集まったのが二十五、六人なのに気が付いた。全部で五十人ほどいると聞いていたのだ。
片山律子や依子の父の片山 翔なんか初めて会った。わざわざ、私と坂本に挨拶に来たのだ。挨拶というのは、口実で、その実、私達の人となりを値踏みしに来たようだ。他のメンバーには農作業で会うが、片山 翔には、あの台風の時でさえ会わなかったから。
でも、片山 翔まで参加しているのに、残りの二十数人は、どこへ行ったのだろう?
舜先生もいないのだ。瞬先生の奥さんで二酸化炭素を分解する機械を発明したという凛博士もどこにいるのだろう?それらしい人を捜すが、いなかった。
私が、怪訝な顔をしていたからだろう。
「斉藤くん、どうかした?」
笹岡悠子が、気が付いた。
「いえ……」
訊いても良いのだろうか?
空気が読めない。
言い出しにくくて、下を向いた。
「何か、訊きたいことがあるんじゃない?」
面白そうに挑発する。
「香織ちゃんから、全部で五十人ほどいるって聞いてたんだけど、残りは、別の仕事してるんですか?」
坂本が、あっけらかんと質問した。
彼は、ここの住人が私達に親切なのは、祭りの日に生け贄にするためだ、と聞いても、冷静に対処するだろう。
それほど、この頃の坂本は、自信に満ちている。
香織を手に入れるのも時間の問題だろう。
「気になる?教えてあげましょうか?」
悠子が鷹揚に微笑んだ。
「私が教えてあげる」
いつの間にか、坂本の隣に小坂佐織が座っていて、意味深に坂本の顔を覗き込んだ。
「ちょっとお、お姉ちゃん、坂本くん、とっちゃ駄目!」
香織が割り込んだ。香織も坂本に好意を持ち始めているのだ。
どっちでもいいから、早く説明してくれ!
「っていうか、俺達に極秘事項を話してもいいのか?」
坂本が、卵焼きを食べながら平然と言った。
「いいの、いいの。坂本くん達が口が堅いのは、分かってるんですもの」
佐織が甘えるようにすり寄った。
「情報担当の私が、説明して、あ、げ、る」
山道若菜が、フェロモンを振りまいて坂本の腕をとった。
たちまち、小競り合いが始まった。いつもながら、女達のいざござで、肝心の話にたどり着けない。
「いい加減になさい!」
片山真紀子――律子、依子の母で、片山 翔の妻――がピシャリと言った。
「最初に説明するって言った悠子ちゃんがしなさい。他の人は、黙ってて」
女達一同、この人には頭が上がらないようで、悠子以外全員が俯いた。
悠子が笑いながら説明した。
「簡単なことなのよ。田圃は、ここだけじゃなくて、山の上の方、つまり北側にもあるの。で、そっちの手伝いに行ってるのよ」
「桃源郷って、ここだけじゃなかったのか?」
私と坂本は目を剥いた。
「山の斜面の上下に長いのよ。聞かなかった?」
そういえば、山道麻美から、ここから先が田圃だと聞いた。山の上の方まで含まれていたのだ。
「最初の桃源郷を少し登ったところに雑木林があったの。で、そこを開拓して、桃源郷を拡大したってわけ。つまり、元の桃源郷を上に伸ばしたのね。山の上だから、本来なら水がないし、移動も大変なんだけど、水は、海水淡水化装置を使えばなんとかなるし、移動は、凛博士のお母様が発明した電動バイクがあったから、問題なかったの。で、今日の稲刈りは、ここと、上の田圃を同時にやってるから、ここにいない人間は、上の田圃で稲刈りしてるってわけ」
悠子の説明が、耳を通り過ぎて行った。
稲刈りそのものより、お弁当のメニューの方が書いてて楽しかったです。




