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遠い記憶  作者: 椿 雅香
13/31

台風襲来


Ⅳ 台風


 その日は、合鴨を絞める作業にうんざりしていた。とんでもない仕事だった。自分達でやりたくないから私達に押しつけたんじゃないかとさえ思えた。


 もうじき、稲刈りだから、田圃に放してあった合鴨を絞めて、冬のために冷凍保存すると言われて、朝から始めたのだ。しかし、殺気だった合鴨を絞めるのは生半可な仕事じゃなかった。

 なかなか、作業が進まない。一緒に作業している水野佳子の美技に見とれているだけだ。気がついたら、三羽ほどしか絞めてないのに、昼になっていた。作業を見に来た片山真紀子――片山律子と依子の母で農作業のサブリーダー――が、目を剥いた。


「……全然……じゃない?」

「すみません……やったことないもんで」

 坂本と二人で項垂れた。

「それにしても……午後からは、別の仕事にかかってもらった方が良いみたいね。せっかくの労働力なんだから」

 あきれて、ものも言えないのだろう。


「佳子ちゃんほど上手じゃなくてもいいけど、このぐらい、三人だったら、午前中で終わってるわ」

と、溜息をついた。

 私と坂本は、下を向いた。食べさせてもらっているのだ。文句も言えない。


 俺達は、インテリなんだ。こんな仕事に、向いてない!と、叫びたかった。


「坂本くんも、斉藤くんも、何にもできないのね」

 佳子が、クスクス笑った。

 意を決した片山真紀子が、瞬く間に、三十羽以上絞めてしまった。おばさんは、強い。


 っく、役に立たないんだから。真紀子の舌打ちが聞こえたような気がした。


 悄然と項垂れて、昼ご飯を食べていると、片山依子がテレビをつけた。


 珍しい。桃源郷(ここ)で、昼間からテレビをつけるなんて。


「どうしたの?」

 農作業のリーダーのおばさん、水野裕美――水野慎二の妻で佳子の母――が聞いた。

「台風が来るんですって」

 依子が言った。

「さっき、そこで、姉さんに、ディスプレイのスイッチを入れて、研究室のスーパーコンピューターの画面が出るようにしておいてって言われたの」

「とうとう、来たの?」

 中村真子が身を乗り出す。

「道理で。さっきから、お父さん達が大騒ぎしてるわけね」

 山道麻美が肩をすくめる。

「陽一おじさんの怒鳴り声が聞こえたけど、あれって、そういうことだったんだ」

 小坂佐織がつぶやいた。


 廊下の向こうで、誰かが鋭く指示するのが聞こえた。

「陽一さん、翔とサカを借りるわ。例の大規模風力発電のスタンバイするから大池近辺のバリアを解除して頂戴」

 毅然とした声だ。

「バリアを解除すると、桃源郷に台風被害が出る」

 ドスの利いた声、多分、山道陽一のものだ。

「大型のバリアを解除する代わり、南側の田圃や畑をドームと小型バリアで防護するの。それと、南側の風車ガーランドの基幹の補強が必要だわ」

 最初の声が答える。

「南側って、どの辺りまでだ?」

 再び、陽一が訊いた。

「桃源郷の南端、イモ畑まででいいと思う」

 少し幼い声がした。

「了解。で、凛ちゃんとこは、四人で足りるんだね?」

 水野慎二の声が確認した。

 

 

 ガヤガヤと、数人が小走りで通り過ぎる気配がした。

「みんな、午後から台風対策になると思うから、急いで食べて、午前中の作業を片づけて頂戴」


 水野裕美が鋭く言って、一同、一心不乱に食べた。食べ終わると、順次、午前中の作業の後かたづけに走り出た。午後からは、台風対策の仕事にかからなければならないのだ。


 私と坂本は、合鴨から外されて、桃の収穫に回された。あの調子でゆっくり作業してもらっても困る、と言われたのだ。

 桃源郷の人々にも、私と坂本が農作業に向かないことが、だんだん分かって来たようだ。でも、機械のメンテとか、研究の助手という理工系も無理なのだ。何しろ、私は法学部で、坂本は経済学部だ。私達は、自分達の学部が、もっとも桃源郷に向いてないことに、がっくりした。

 

 桃といっても、通常の二倍から四倍はあるのだ。直系三十センチもある桃を収穫するのは、骨が折れた。

 あらかた桃を収穫し終えた頃、水野裕美が呼びに来た。私達が桃を収穫している間に行われた台風対策会議の指示通り動いて欲しいと言うのだ。


 桃源郷を囲んでいる杉林の杉には、等間隔に風力発電装置をつけた電線が、あたかもクリスマスのベルガーランドのように巻き付けてある。風車ガーランドと呼ばれる装置だ。一帯の杉林で発電するので、大量の電気を作ることができる。これは風速五十メートルまで耐えると言われているが、今回来る超大型の台風に備えて、基幹の補強をすることになったらしい。


 私や坂本のような素人にはできない作業で、桃源郷のエンジニア――驚いたことに桃源郷では、自前でエンジニアまで養成していた。山道麻美の姉の黒崎貴子と、片山依子の姉の片山律子がそれだ――が、普段農作業を担当している妹の山道麻美や片山依子を従えて、杉林へ消えた。二人一組、二チームで手分けして、作業に当たることになったのだ。


 山道陽一と水野慎二が、念のため、と、何かの機械の補強に出掛けた。


 リビングのテレビの画面に作業の一覧表が出ていて、誰が何の作業に当たった、とチェックしながら作業する。

 ウインドウを切り替えると、台風状況が現れた。台風は、九州をかすめ、四国を横切り、本州を縦断するようだ。

 下宿のあったK市だけじゃなく、私の実家のある地域も、相当なダメージを受けるようだ。

 思わず腰を浮かすと、側にいた山道若菜に、肩を掴んで押さえ込まれた。

「斉藤くん、どうやって帰るつもり?足だって治ってないし、電車だって動いてないの。それに、帰ったところで、あなたに何ができるというの?その足じゃ、何の役にも立たないんじゃない?」


 その通りだった。家族のことは心配だが、今の私に何ができるというのだろう。足も治っていないし、何もできないのだ。それ以前に、文字通り自分の足という意味でも、交通機関という意味でも、帰る足がないのだ。

 

 私と坂本は、ドームの手伝いをするよう指示された。


 ドームって何だろう。

 小坂沙織と香織姉妹が田圃に連れて行ってくれた。倉庫から、畳んだシートのようなものを運ぶ。

 そうして、田圃の上に広げるのだ。よく見ると、二重になっていて、間に空気を入れると、ちょうど野球かサッカーのドーム会場のような感じで、田圃を覆うのだ。


 何分、田圃はたくさんあって広い。いくつものドームを広げることになった。

 

 こんなもの、どこに売っているんだ?坂本と二人で目を剥いた。


 私達の他にも田圃や畑を防護しているメンバーがいて、田圃や畑の周りをホースのようなものでぐるりと囲み、何かの機械を据え付けた。

 テストしているのを見て驚いた。ホースから、風と光のようなものが出て――言うなら、エアカーテンのようなものだ――小型のバリアになった。


 夜、短い停電があって、再び明かりが点くと、桃源郷の人々は、手を取り合って喜んだ。

 台風を利用して膨大な風力発電を行い、そのエネルギーを使って二酸化炭素を分解する機械を稼働させたというのだ。稼働してしまえば、後は、その機械が作る電気でその機械を動かすことができる。

 言うなら、着火装置として、一時的に膨大なエネルギーが必要だったのだ。

 桃源郷では、この台風を利用して、電気を作る機械が、風車ガーランドから二酸化炭素を分解する機械に切り替わったのだ。



 ニュースによれば、K市は、壊滅的な被害を受け、床下浸水千五百戸、床上浸水三百戸(完全に水没した家も三十戸ほどあったらしい)、死者七人、行方不明者四十五人ということだった。

 私と坂本もこの行方不明者の中に入っているのだろうか。両親は、連絡が付かない私のことを心配しているだろうか。


 少し、心がうずいた。


 翌日、ドームや小型バリアを片づけると、下から、何事もなかったかのように、農作物が顔を出した。桃源郷では、何の被害もなかったのだ。しかも、あの台風を利用して、今まで、使いたくても使えなかった機械――二酸化炭素を分解して、その際にできるエネルギーを電気に変える機械――を動かすことに成功したのだ。


 台風が通り過ぎて、二週間ほど経って、桃源郷で稲刈りがあった。


 あの台風の後だ。実家のことや、下宿のことも気になったが、気にしてどうなるわけじゃなし、努めて気にしないことにした。足が治ったら、帰れるのだ。そうして、両親に、生きていました、と報告できるのだ。考えようによっては、K市じゃなく桃源郷にいたおかげで、あの台風の被害を受けずにすんだ、とも言えた。


 台風が通過した地域の田圃は、軒並み稲が全滅したらしい。もともと、水不足で、枯れてしまったところも多かったのだ。何とか育っていた田圃もあの台風の雨で、稲が倒れてしまったらしい。こうなると、収穫は望めない。水不足の中、苦労して稲を育てていた農家は、どんな思いで田圃を見ているだろう。ニュースで、田圃の前で呆然と立ちすくむ人々を見ると、気の毒で溜息が出た。





超大型の台風が来ます。桃源郷は、それを利用するようです。

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