桃源郷の目的
二、三日して、坂本は、驚くべきことを聞いて来た。
「斉藤。やっと分かった。お前が知りたかったことが、分かったぜ」
目がランランと輝いている。気持ちを必死で落ち着けて、私に言うというより、自分に言い聞かせるように言った。
「信じられねえ話なんだ。でも、女達が言ってた。多分、本当のことだろう。
いいか。前にも言ったように、ここじゃ、女ばっか生まれるせいで、圧倒的に若い男が少ないんだ。だから、あいつ等、パートナーが欲しいんだと」
「パートナーって?」
「子孫を残す相手のことだ。つ、ま、り、エッチする相手が必要なんだ。ここらで失踪した例のアベックがいただろ?」
「?」
「彼氏の方は、精子の提供を求められたそうだ。十日間の食料の礼にって。彼氏は、ここの女の誰かとエッチして、精子を提供してったそうだ」
唖然として、声が出ない。
あの女達は、私達を種馬として見ているのか?
「ここは、アマゾネスなんだ。男が少ないので、集落を存続しようと思ったら、余所の血を入れないといけねえんだと」
「……」
「お前も、できることを手伝ってくれって、リーダー達に頼まれただろ?『できること』の中に、それも入ってるんだ」
息もできないほど驚く私に、坂本は平然と言った。
「びっくりしたか?いいんだ。お前は怪我人だから、お前に励んでもらうのは、怪我が治ってからだって、言ってたから。でも、この食料難に、こんなおいしい話はねえだろ?食い物もおいしいし、女もおいしいんだ。男が失踪したがる道理だ」
坂本は、真相を知った衝撃から立ち直っているようだ。
でも、私は放心状態だ。
やっとのことで唾を飲み込んで訊いた。
「坂本、お前、それで、どうする気だ?頼まれたからって、応じるのか?」
据え膳食わぬは、何とやら……と、言う。確かに魅力的な話だ。でも、親切そうな顔をして、こっちを種馬として利用しようという魂胆に腹が立った。
「頼まれたから、やるんじゃねえ。好きな相手だから、やるんだ」
「好きな相手ができなかったら、どうする?」
「斉藤、後で、ここの女達に会えば分かる。みんな可愛くて、いい娘ばっかりなんだ。好きな相手ができねえはずねえんだ。だから、これは、俺達にとって、負担じゃなくて、おいしい話なんだ。いや、それより、問題は、むしろ、目移りして相手を決めかねるってことだ」
「そんな問題か?第一、リーダー達が言ってただろ?俺達を受け入れるほど、ここの食料事情は良くないって。だったら、そのうち、俺達は、ここを出ることになる。女と子供が残るんだ。好きな相手と子供を置いて行くんだ。連れて帰りたいと思わないのか?」
「向こうが、それを望んでいるんだ。知ったこっちゃない。
考えても見ろ。もし、連れて帰ったとしても、向こうにゃ食料がねえんだ。しかも、俺達ゃ、学生で、生活力もない。ここにいる方が、女にとっても、子供にとっても、幸せなんだ。
つまり、俺達が面倒みなくても、女と子供は、桃源郷が面倒みてくれるってことになる」
坂本は、いい加減な男じゃなかったはずだ。いや、むしろ、誠実な方だ。
どこをどうつついて、こんな考えが浮かぶようになっただろう。
大池へ転落した時、頭でも打ったのだろうか。
頭を抱えた時、香織が入って来た。
彼女は、軽く坂本に笑いかけて言った。
「坂本くん、ちょっと出てくれない?いくら男同士でも、あんまり素敵じゃないわ。斉藤くんが嫌なんじゃない?」
洗面器に入ったお湯とタオルを指し示す。
一瞬、香織の言う意味が分からない。
「いいなあ、斉藤。香織ちゃん、ここじゃあ、一番若くて可愛い女の子なんだぜ。俺も拭いて欲しいや」
香織のセリフの意味が分かった坂本は、意味深に笑った。目に不思議な光がある。
坂本の本命は、香織なんだろうか。
少なくとも、坂本が決めかねている何人かの中に香織がいることは、確かだ。
「香織ちゃん、リビングで待ってるから」
そう言うと、坂本は香織の肩を軽くたたいて出て行った。
坂本が、女に対してこんなに積極的に出るのを、初めて見た。普段の坂本は、どっちかと言うと、女に対して遠慮がちなところがあるのだ。求められていると思えば、大胆になれるのだろうか。
「大池に落ちてから、体、洗ってないでしょ?」
香織が平然と笑ったが、あの話の後だ。思わず遠慮した。
「良いよ。別に、風呂に入らなくても死なないし」
「恥ずかしいの?斉藤くんって、ウブなのね。大丈夫。ザッと拭くだけにするから、後は、お風呂の許可が下りたら、自分で洗うのね」
香織の手を必要以上に意識した。体つきは細いのだが、農作業やなんかのせいだろう、意外と、たくましい。ただ、いくらたくましくても男の手と違う。
その手で体を拭かれると、緊張した。体が反応しそうで、顔が赤くなるのが分かった。
私が意識しすぎるせいだろうか。坂本が誘ったせいだろうか。香織は、私の体を事務的とも言える態度で拭いた。そうして、何かあったらナースコールをするよう言って、どこかへ消えてしまった。
香織が出て行って、思わず、安堵の息を吐いた。
まだ、心臓がドキドキしている。
舜先生が現れて、簡単に診察した。私の昼の仕事――風力発電装置を電線につける作業――を見て、「なかなか上手だ」と笑い、「退屈だろ?」と言って、文庫本を二、三冊置いて行った。
長い夜だった。
遠くで、かすかに笑いさざめく声が聞こえる。
雨が近いのだろうか。田圃で、うるさいほどカエルが鳴いている。昨晩の倍増しという感じだ。昨日より、クチナシの香りが強い。
クチナシの花の魔法で、夢でも見ているのだろうか。
すかしてあるドアの陰から誰かが覗いているような気がした。
「誰だ?」
誰何するが、答えがない。
思いすごしだろうか。
ドアの向こうで、ネコが鳴いた。ネコは、チラリとこちらを見て歩み去る。
「考え過ぎなのよ」
と、ネコの声が聞こえたような気がした。
被害妄想も、ここまで来れば病気だ。
女達の目的が分かったせいで、斉藤くんは、女嫌いになりうそうです。




