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「ローゼネートさん、貴女また問題を起こしたそうね?」
その言葉とともにビシッと扇子を向けてくるのは一人の美少女
「あらリリアンティーヌ姫、そんなにお怒りになってどうしたの?」
目の前にいる金髪碧眼の私と色がかぶってる女こそこの国の第一王女であり攻略対象でもあるヒロインのリリアンティーヌ・レベラ・フェードルド。そしてこの学園の生徒会長。
「怒っているとわかるのなら少しは考えてくださらないかしら?私がどうして怒っているのか」
「リリアンティーヌ姫の縦ロールが上手くきまらなかったのかしら?安心してくださいまし、今日も素敵に回転してましてよ」
「…貴女という人は!」
盛大に睨まれてるが私は優雅に笑ってやり過ごす。
やっぱりこの縦ロール女より私のほうがお姫様にふさわしいわ。はやく色被りは退場してくださらないかしら。
「とにかく昨日のことは耳に入っていましてよ!これ以上あなたの我儘が通ると思わないでくださいね」
「もうリリアンティーヌ姫ったら。義理の姉妹になるのですからそんなにお怒りにならないで?」
「貴女を認めたわけではありません!それに弟である第一王子のお手を煩わせたことも聞き及んでおります。クライヴにこれ以上迷惑をかけないでくださいっ!」
そう、この女とは王子であるクライヴと私がこのまま結婚すれば義理の姉妹となるのである。
「弟を取られるのがそんなに悔しくて?」
「何を言ってっ――」
これ以上話してるとあの縦ロールで攻撃されそう。
「あらもうこんな時間!次の授業がありますのでごきげんよう、義姉様?」
後ろでぎゃあぎゃあ騒いでるがしったこっちゃない。
…はぁまったく私を煩わせることばっかりね。
私はあの色かぶり縦ロールから逃げて学園の温室にいた。
次の授業なんていうのはまるっきり嘘である。この時間は何の授業入れてないの空いてた。
「さて、どうしたものかしら」
こんな辺境で悩んでるのには理由がある。
私は生まれ変わる前に神から強制的な使命をくだされた。
生まれ変わってからそんなのしったことかと思っていたがこの学園、レイルーン王立学園に入ることは貴族として必須であり絶対だ。なんどか逃れようとしたがその度に世界の修正力かなにかが働き結局はここに戻されてしまう。そして中等部からレイルーンの生徒として過ごしている。
そもそもわからないことがありすぎるのだ。
この世界はなんなのか?
これが一番の難問である。
私はこの世界がゲームしかもエロゲーであることも攻略対象の女の子たちもそのシナリオもゲームをプレイしたことないのに生まれ変わったらなぜか頭の中にはいっていた。
まるで頭の中に本でも詰められているみたいだ。
だからあくまでも知識だけであり経験ではないのであまりこの世界の仕組みに実感がない。
主人公のプロフィールも過去も知ってるのになんだかしっくりこない。これは私にとっての現実だが本当はゲームの世界ですなんて言われてもどうしろっていうんだといった感じ。
とにかく私は主人公を攻略しなければこの呪いじみた世界から逃げ出せないしもしかして攻略できなかったなにがおこるかわかったもんじゃない。神の使命とか怖すぎる。
…といっても生まれてこの方男の子を攻略なんてしたことないしあっちの方から来てくれたので困ったものだ。
アイデアを書き留めておくために広げたノートにはインクのシミさえない。
「ふわぁ…眠くなってきちゃう…」
どうせ誰も来ないし少しぐらい眠っても…
ガチャンッ!
まさにそんな音がふさわしい勢いで温室のガラス扉が開かれた。
「やっと見つけたリボン女!昨日はよくもやりやがって!」
「…はぁ」
朝は縦ロール、昼は野蛮人、私の周りは静かにならないらしい。
「あら、生きていたのね。とっくの昔に野垂れ死んでるかと思ってましたわ」
「だれが野垂れ死ぬかっ!この陰湿女め」
リボンでも陰湿でも結構よ。私は眠いの。
「とにかくお前に渡したいもんがあって…」
「いらない」
「せめて見てから言えよ!」
あぁ眠い…
「昨日の侘びだ。王都中を探し回ったんだからな」
「だからいらなくてよ」
「いいから受け取れ!」
そうやって渡されたのは包装されてないシンプルな赤の薔薇の小さな髪飾りだった。
見た目は地味だが意外とこっており金のピンの上に飾ってあるガラスでできた赤いバラは可愛かった。
「…なにこれ」
「みてわかるだろ」
「…どうしてこんなものを?」
「こんなものって…まあいいや。あんた靴汚され起こってたじゃないか。で、俺はそのお詫びにってワケだ」
「貴方が汚したわけじゃないでしょう」
「でもあの女の子を逃がしたのは俺の責任でもあるだろ。だからこれで許してくれ!」
そうやって頭を下げるアルマを見て何とも言えない気持ちが沸き上がってくる
…バカじゃないの。お人好しすぎる――
今、何考えたんだろう。一瞬嬉しいなんて、思ってしまった。
「ふんっ、一応受け取っときますけどこんな私に相応しくないものつけしませんから!」
「そんなこというなよ。一回でもいいからつけてみろって」
そういって髪飾りを私の髪につけようとしてくる
「ちょ、やめなさいっ!婦女子にこんなマネ許さなくてよっ!」
「おい暴れんな、何もしねぇよ。自意識過剰なお嬢様だな…」
「誰が自意識過剰ですってっ!?」
「あーもう暴れると怪我するぞ」
その一言で私は不本意ながらもおとなしくなった。
この超完璧ボディに傷なんて付けられたら困る。
「…よし、できた」
やっと付け終わったのかアルマは私を解放する。
「ほんと野蛮人ね」
「うるせぇ!口が減らないお嬢様だなっ!」
その言い方にカチンときてしまう
「さっきからお嬢様お嬢様って、私にはネリア・ローゼナートという立派な名前があるのよっ!」
「へぇ、あんたの名前ネリアっつうのか」
「ちょっと呼び捨てにしないで!」
なんて偉そうで生意気な男なんだろう
「じゃあ略してネリィだ、あんたも俺のことアルマって呼べよ」
「―それは駄目よ」
それだけはダメだ。
「は?アルマって呼ばないならなんだラナーク君とでも呼ぶのか?」
「違う、ネリィは特別だから。あなたは呼んではダメ」
…そう、『ネリィ』はあの木漏れ日の木の下でクライヴが付けてくれた名前
だからほかの人には呼ばせない。
「…じゃ、俺もいつか呼ばせてもらえるよう頑張るか」
もっとしつこく来るかと思ってたがアルマは意外とあっさり引いた
「そう、せいぜい頑張りなさい」
「誰しも特別な名前ってあるしな」
知ってる。
あなたは死んでしまったお母様にアルと呼ばれてたんでしょう?生まれた時から知ってたわ。
「…あー言い忘れてたけど、やっぱその髪飾り似合ってる」
「…それは、ありがとう」
気まずくなってしまう。
…もう迎えが来てる頃だから早く帰ろう。
そう思って私がベンチから腰を上げたとき――
「ネリィ、ここにいたのか」
クライヴが温室に入ってきた。
いつもどおり完璧な美貌と隙がない振る舞い。
「クライヴ…どうしてここに?」
いつかと同じ問をする。
「なんだか嫌な予感がしてね。でも、きてみて良かったみたいだね」
アルマを一瞥して行った言葉の真意は測れない
「…おい、あんた誰だよ」
「アルマ!」
この人はいくら優しそうでもこの国の第一王子であり次期国王でもある。
――そして私が知る中でもっとも怖い人
「僕が知らないうちに友達ができてよかったよネリィ。君は意外と人見知りだから」
そういって私の肩を抱くクライヴの手は冷たかった
「さぁ行こうかネリィ。今日は一緒に帰ろう」
私はぎこちなく頷きクライヴに肩を抱かれながら出口へ向かう
何を緊張しているんだろう。なにもやましいことなんてないしクライヴもいつもと同じだ。
「…おいネリア」
私はその声を無視した。
…私はアルマを攻略なんて、できないのかもしれない
▽
馬車までの道のりはクライヴが喋ってわたしも相槌を打つ、いつもと同じだけど何処か違う。
「春の舞踏会のために新しいドレスをプレゼントするよ。宝石は君の瞳と同じブルーダイヤがいいんじゃないかな」
「…えぇそれがいいですわ」
「髪に挿す花も同じ青薔薇にしよう。王宮の庭園は丁度いい時期になるんじゃないかな。未来の王妃のためなら庭師たちも何本も差し出すだろうな」
「…それならいいのですけれど」
「もちろんさ。君に不自由な思いは絶対させないと昔誓っただろう?」
覚えている、クライヴはいつも私に真摯だった。
…髪に刺さってる赤薔薇が私は自分を脅かしてるようでなんだか怖くなってしまった。
「それ、いいのかい?」
髪から抜いてしまった私を見てクライヴは問う
「ええ、不要なものですから」
「そう」
クライヴはいつものごとくニッコリと笑った。
手の中でガラスの冷たさを感じながら私もニッコリと笑った。