第九話 駆け出し冒険者エルド
「おーここだ」
ターキーに連れられて来たのは裏通りにある足長雀の止まり木という寂れた宿屋だった。
「ここの飯が美味いんだぜ」
「隠れた名店ってとこか」
中に入ると恰幅のよいおばちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい!今日は静かに入ってくると思ったら連れがいたんだね」
「普段はこいつどんな入り方してるんですか?」
「ドアが悲鳴あげてるね」
やっぱりギルドのドア壊したのこいつかよ。
ドアは一応俺が開けた。
こいつドアの扱い雑そうだし。
「今日も飯食いに来たぞ!」
「はいはい。今準備するからね」
「食堂はこっちだぞ」
ターキーに続いて食堂に入る。
食堂があるとは中々広い宿だな。
なんで寂れてるんだろう。
大体予想は出来るが。
「はい、お待ちどうさま」
宿屋のおばちゃんが出してくれたのはサイコロステーキとサラダ、それに肉と野菜の入ったスープだ。
異世界で初のまともな料理だ...!
火の通った料理に感動しつつ勢い良く食べ進めているとターキーがこんなことを聞いてきた。
「冒険者になったらパーティー組むのか?」
そう言えばその辺りは全く考えてなかったな。
俺一人じゃ子犬相手にも苦戦したし。
まああれは丸腰で挑んだのが間違いか。
「そういうお前はパーティー組まないのか?」
依頼を一人でこなしていたみたいだし多分一人で冒険者稼業をやってるんだろうと当たりをつけて尋ねる。
「おれっちと組んでくれる物好きが中々見付からなくてなー」
お前は一人でも大丈夫な気がするけどな。
「流石にワイバーンとかは一人じゃ勝てん。コテンパンにされちまった」
一応一人で挑んでる辺りは流石だな。死ぬぞ。
「じゃあ俺とパーティー組まないか?」
「エルドならそう言ってくれると思ったぜ!」
ターキーは快活に笑った。
子供みたいな笑顔だな。
ぼんやりと考え事をしながら止まっていた食事の手を再び動かす。
「さて、腹も膨れたしそろそろギルドに行くか」
食事を食べ終えた俺達は改めてギルドを訪問しに向かう。
ギルドの中は先程来た時とは打って変わって静まり返っていた。
受付のお姉さんもレイナさんともう一人しかいない。
「随分人が少ないんだな。何かあったのか?」
「この時間帯は冒険者の方も依頼に出ていて手が空くので殆どの職員は食事に向かっているんですよ」
「昼に飯食うのは当たり前だろぉ?」
お前は黙ってろ。
「...それで手続きの方は?」
「完了しております。こちらへどうぞ」
レイナさんに受付カウンターの奥へ誘導される。
こういう所ってホイホイ入れてもいいもんなのか?
「ターキーさんはこちらでお待ちください」
「なんでエルドは入っていいのにおれっちはダメなんだ?」
「そういうものなんですよ」
「そうか!わかったぜ!」
この人バ...ターキーの扱いが上手いな。
レイナさんへ連れられて通路を進む。
目的はこの通路の突き当たりにある部屋のようだ。
プレートにはギルドマスターと彫られている。
普通駆け出しの冒険者はこんなとこ入れないよなあ。
うーん...。何か悪いことでもしたんだろうか。
「ギルドマスター、エルドさんをお連れしました」
「入れ」
部屋の中から聞こえた声は重厚で如何にも偉そうなものだった。
「では私はこれで」
そう言い残してレイナさんはさっさとカウンターへ戻ってしまう。
待って!置いてかないで!
「...とっとと入れ」
「は、はい」
こえーよ。
促されるままに部屋へ入る。
中は装飾などは少なくシンプルな部屋だった。
ギルドマスターとやらは執務机の椅子に腕を組んで腰掛けている。
ギルドマスターの顔や腕には無数の痛々しい傷が刻まれており、その凶悪そうな面からは強者の風格が漂っている。
「来い」
とりあえず執務机の前に立つ。
「お前がエルドか」
「ええ、そうですが」
流石にこの人相手には敬語が正しい対応だろう。
ていうか怖くて自然と敬語になる。
「お前が書いたスキル欄だが、偽りはないか?」
「ありません」
「そうか...」
知られたらまずいスキルは粗方除外した筈なんだけど...。
ギルドマスターは唐突にこちらへ剣を投げて寄越した。
「やる」
...この剣を俺にくれるってことでいいんだよな?
「ありがとうございます」
「以上だ」
一言そう告げるとさっさと出ていけと言わんばかりにギルドマスターは何かの書類に取り掛かった。
「失礼します」
一言だけ告げて部屋を出る。
随分と無口なギルドマスターだな。
剣を貰えたのは嬉しいが何がなにやらわからない。
一人悶々としつつカウンターまで戻る。
「お話は終わりましたか?」
「ああ、うん。何か剣を貰ったんだが結局なんだったんだ?」
「ギルドマスターは期待出来る新人冒険者には贈り物をするんですよ」
「期待の新人が早死にしないようにってことか?」
「まあ大体そんな感じですね。わざわざ人の少ない時間帯にお連れしたのも面倒を避けるためです」
それは何となくわかる。
登録に来た新米冒険者がカウンターの奥にいきなり入れたらバカでもそいつは期待されているとわかる。
...わからないやつも居たみたいだけど。
将来有望なやつにちょっかいを掛ける奴がいたら面倒だもんな。
俺としては少しくらいちやほやされたかったんだけどな。
レイナさんに「こ、このスキル欄は真ですか!?」とかやられたかった。
「にしてもスキルがどうとか言ってたんだけど具体的にどれが期待される要因だったんだ?」
「肉体強化1ですね」
「えっ?」
むしろ誰でも持ってそうなスキルなんだけど...。
「このスキルは高ランクの冒険者でも持っている人は稀なスキルなんですよ」
肉体強化1がねぇ...。
「ギルドマスターも少しは教えてくれてもいいのに」
「まあ、ああいう人ですから」
「ところでターキーの姿が見当たらないんだけど」
「ターキーさんなら先程出て行かれましたよ」
あいつパーティー組んだ自覚無いんじゃないか?
...無いんだろうな。
こほん、とレイナさんは1つ咳払いをすると、
「こちらをどうぞ」
鉄っぽい何かの素材で出来たプレートをこちらへ差し出した。
プレートを見ると俺の名前、レベル、出身地、それにランクが記載されている。
どうやらFランクからスタートみたいだ。
思ったより簡素だけどこれが冒険者カードってやつか。
「Dランクにランクアップされた際には冒険者カードを更新させて頂きます」
「更新って材質が変わるとか?」
「ええ。後はランクアップに伴い様々な特典もあります」
「例えばDランクは何があるんだ?」
「Dランクの冒険者にはアイテムボックスの魔法が付与された腕輪を支給しております」
ターキーがアイテムボックスを使えたのはこの腕輪のお陰だったのか。
「それでは冒険者になる上での注意事項はお聞きになりますか?」
「ああ、一応頼む」
「注意事項は全部で三つです。一つ目、依頼は適正ランクのものを受けること。二つ目、依頼において不正行為を行わないこと。三つ目、命を大切にすること」
「肝に銘じておくよ」
「この三箇条はギルド創始者が遺した言葉だそうです。駆け出し始める冒険者にこの三箇条を伝えるのが慣例なんです」
三つとは少なくてで覚えやすいな。
内容もゴチャゴチャしてなくて助かった。
「依頼はそちらのボードから依頼書を取って受付にお持ちください」