第十話 エリザベスちゃん
レイナさんに冒険者カードを貰ってすぐに依頼に出ることにした。
何にしても今日の宿代くらいは稼いでおきたいからだ。
さて、どの依頼を受けようか。
依頼に幾つか種類があるらしい。
ギルドから発行される常在依頼、これはいくらあっても困らないもの。
薬草なんかを常に無制限で募集している。
次に通常依頼、これは依頼主が発行する依頼で報酬もピンキリだ。
基本的に冒険者はこの通常依頼を受注して日銭を稼ぐ。
もう昼時を過ぎているから条件の良い依頼は残ってないか。
そして最後に特別依頼、これは冒険者を指定して出される依頼のことだ。
これは高ランクでもない限り滅多に来ない依頼だ。
あとは緊急依頼なんてのもあるらしい、魔物の大侵攻とかとんでもなく凶悪な魔物が出現した時とかに発行されるらしい。
ボードに貼られたFランクの依頼はどれも使い走りのような依頼ばかりだ。
その中でも異様に報酬の高い依頼が一つだけある。
【ペットのお世話】
・うちのエリザベスちゃんのブラッシングをお願いしたいのです。ランク等は問いません。
ジゼル公爵夫人 メルクリア
適正ランク:指定無し
報酬:10000アリル
怪しさ満点なのは百も承知だ。
だが他のFランク依頼と言えばどれも数百アリルのものばかりで本日の宿代に足りるのか良くわからない。
表示が金貨とか銀貨が何枚か、とかだったら何となく想像もつくが、数字と謎の単位を出されると判断のしようがない。
日本でホテルに泊まろうとしたら大体数千円はするからやはり数百アリルでは心許ない。
こんな美味しい依頼が残ってる理由も想像できなくはないが、ターキーのやつに宿代をたかるのは嫌だ。でも野宿も嫌だ。
何となく嫌な予感はしていたがうけることにした。
ほら、上手くいけばお偉いさんとお近付きになれるかもじゃん?
そう考えると悪いことばかりでもないよな!
「...依頼が達成できなければ報酬は0ですよ?」
レイナさんは心配そう忠告してくる。
目が語っている、その依頼はやめろ...と。
だが男に二言はないのだ!!
「...お気を付けて」
レイナさんの諦めたような目が気になったが時間もあまりないので足早にジゼル公爵邸に向かうことにした。
公爵と言えば貴族の中でもトップクラスのエリートだ。
実際の所は知らないが俺が読んだ小説ではそうなってた。
ジゼル邸も公爵の名に恥じぬ豪邸である。
そんな豪邸に門番が付き物なのはわかるがこの門番、先程から一言も発さず殺気だけをこちらへ飛ばしてくる。
まるでさっさと帰れと言わんばかりだ。
「あー、ギルドから依頼で来たものなんだが」
「...」
このやり取りも3度目だ。
まさか依頼主に会う所から難関だとは思いもしなかった。
どうしたものか...。
「すいませーん!ギルドの者ですがー!」
とりあえず中の人に大声で呼び掛けることにした。
こいつは無視だ。
「ギルドから来ましたー!誰かいらっしゃいませんかー!!」
「...黙れ犬」
犬!?初めて発した言葉が「黙れ」と「犬」。
失礼すぎるだろこいつ。
俺に恨みでもあんのか。
「こーんにーちゎぶっ!?」
癇に障ったので一際大きな声で呼び掛けようとした瞬間首を掴まれそのまま地面に叩きつけられた。
「躾のなってねぇ犬だな...」
門番はギリギリと掴む手に力を入れる。
くそー、お前なんかサボテンだ!
頭の中で馬鹿なことを考えている内に首にかかる圧力はどんどん強まって、視界がぼんやりとして来た。
あ、やば―――――――。
「あらあら、元気なお客様だこと」
「奥様」
気品溢れるおばあちゃんの登場と共に門番は俺の首から手を放した。
「ゲッホゲホ、ギルドからゴッホ!来た...オエッ、ルドです!」
「オエルドさんね、私が依頼したメルクリアです」
「奥様、こんな部屋の隅をつついたら出てきそうな男にあの仕事が務まるとは思えません」
オエルドじゃないですエルドです。
あと部屋の隅つついたら出てくるって俺は埃かなにかかな?
「折角来て頂いたんですもの。オエルドさん、こちらへ」
「あ、はい」
夫人に続いて門をくぐる。
門番が舌打ちと悪態をついてきたのでここは捨て台詞でも吐いていこう。
「しっかり門を守り給えよ、サボテン君」
「サボ...?」
ふふふふ困惑しているようだな。
サボテン門番君が面食らっている内に中へ入る。
ブラッシング程度なら何とかなる。
そう思っていた時期が俺にもありました。
いやね?すごく凶暴な犬とかそういうのは予想してたよ?
報酬が良いのに残ってた訳だし。
しかし庭に入った途端に目に入ったのは3メートルくらいの真っ黒な毛玉だった。
「えーっと」
「あそこに座っているのがエリザベスちゃんよ」
「大きいですね...」
「可愛いでしょう?エリザベスちゃんはちょっとお転婆さんだから気を付けてね」
い...犬?
いや、魔物?
とりあえず鑑定をば...。
エリザベス(ドルグレン) Lv.54
うん、予想はしてた。
マジかー。ドルグレンって何だろう。
とりあえずすごく強いのはわかった。
「ほら、これがブラシよ」
エリザベスちゃん専用ブラシを手渡される。
「あの、これ届かないと思うんですが」
「よじ登りなさい」
「えっ?」
夫人はニコニコしながら頷いてくる。
やはり美味い話には裏があるもんだな...。
もはや後には引けない。
なぜならサボテン野郎が屋敷の影からこっちを見ている。
とても楽しそうだ。
あいつの前でビビるのはプライドが許さん!
つーかお前門番だろ。
仕事しろよ。
ゆっくりとエリザベスちゃんの正面に回る。
こうして見ると確かに犬だ。
シベリアンハスキーを真っ黒にした感じだな。
サイズがおかしい以外は確かに犬と言えなくもない。
エリザベスちゃんは動かずにじっとこちらを見ている。
一歩一歩近付く。
エリザベスちゃんが動く気配は無い。
とりあえず前足にブラシを掛ける。
一瞬エリザベスちゃんが身じろいだが問題無さそうだったのでそのままブラッシングを継続。
驚くほどあっさりブラッシングは完了した。
よじ登る時と胸毛のブラッシングは緊張したがエリザベスちゃんは大人しく座ったままだった。
それに獣とは思えない程艶の良い毛だったのでこちらもブラッシングしてて楽しかったな。
「エリザベスちゃんは大人しいですね」
「私以外にブラッシング出来たのはあなたが初めてなのよ!すごいわあなた!」
夫人は少女の様にきゃっきゃと喜んでいる。
余程エリザベスちゃんにブラッシングしてあげたかったんだろう。
でも自分以外に懐かないんだったら依頼書に追記してくれても良かったんじゃ...。
「どうもありがとう!またお願いするわね!」
また?またってなんですか夫人。
嫌な予感がしつつも夫人に訪ねようとしたところで。
「おい、もうお前に用はないとっとと出ていけ」
サボテンにつまみ出されてしまった。
ていうかなんでコイツはこんなに不機嫌なんだ。
「サボテン...」
「は?」
「さっきのサボテンってどういう意味だ」
「トゲトゲしてて触ると怪我しそうだからだ」
「サボテンとやらにはトゲがあるのか?」
砂漠の植物だもんな。
知らなくて当然か。
「全身トゲトゲの植物だぞ」
「ほう...」
バカにしたつもりだったが全く伝わってないな。
まあ別に構わないが。
「奥様が喜んでおられた」
「ああ、エリザベスちゃんが大事なんだろうな」
「一応感謝はしている」
レイナさんといいもう少しそれっぽい態度を取ってくれてもいいんだけどな。
『それと』と門番は続ける。
「二度と来るなよギルドの犬っころ」
悪態をつきながら薄く浮かべた笑みがお前の安い挑発には乗らないと語ってるような気がした。
何故だかそれが悔しかった俺は。
「次に来た時には門前で狂犬が座っていないことを祈るよ」
またしても捨て台詞を残すことになってしまった。