第一話 邪神との邂逅
宜しくお願いします。
俺はどこにでも居る普通の高校生だ。
特に秀でてもない平々凡々な一般高校生だ。
今日も部活の練習を終えて帰宅する。
一応運動部に所属しているので帰ったらすぐに入浴するのが習慣づいている。
お湯を張り、シャワーで汗を洗い流し、浴槽へ入浴剤を投入する。
浴槽にピンと張っていた水面が発泡入浴剤によって泡立つ。
さあ、浸かろうと言うときに水面に何かの顔が揺らめいているのに気付く。
「なんだこれ?豚か?」
「失礼な人ですね」
「豚が喋った!?」
「…っ!私の声が聞こえるのですか!?」
「え?ああ、まあ」
会話が成立したことで何故か水面の豚も面食らっている。
「失礼を承知でお願いがございます」
「は、はあ」
「私に手を入れてください」
「は?」
「ですから、私に手を突っ込んでください」
「いやです」
「えっ…」
だって豚だし。
ていうか、普通に怖い。
「手を入れると私が超美少女になります」
「マジで!?でも突っ込まない!!」
絶対嘘だろ。
「じゃ、じゃああなたのお願いを叶えて差し上げます!」
「ええー…」
「お願いします!」
いきなり現れた豚に内心恐怖は感じていたがそれ以上に好奇心を刺激された。
怖いもの見たさというやつだろうか。
「わかった」
「えっ!?」
「なんでお前が驚いてるんだよ」
「まさか承諾されるとは思わなかったので…」
「まあいいや…ほい」
浴槽に揺れる豚の顔に手を突っ込むとそのまま引きずり込まれ意識を失った。
気が付くと不思議な空間に立っていた。
空は深い青で太陽も月も浮かんでおらず薄暗い、そして地面一面が白い砂で埋め尽くされている。
どこまでも平らな砂を見るに、どうやらここは無風らしい。
入浴中だったのだからさっきまでは当然全裸だったが、今は村人Aファッションだ。
大方こいつの仕業だろう。
「一応聞くけどここどこ?」
「お察しの通り地球ではありません」
「だよねぇ…」
「ここは私の家の様なものです」
「こんな殺風景な所が家なのか?」
「私は神の一柱です。神々にはそれぞれこのような住居となる空間が存在しているのです」
「はぁ!?神!?」
「あら、御気付きになりませんでしたか?」
え?いや、だって豚じゃん!
豚の神様なんて居たっけ?
豚神を観察する。
無いわぁ。
浴槽では顔しか見えなかったがこうして全身を見ると不快感が足元から込み上げてくる。
体はでっぷりと太ってギトギトと脂ぎっている。
そしてボロ切れの様な物を一枚羽織っているだけなので際どくなっている。
普通の豚を立たせた方が可愛い位だ。
声も粘っこい低音で耳を覆いたくなるような耳障りな声質だ。
ていうか。
「やっぱり美少女になってないじゃん」
「嘘をついたかどうかはお話を終えてからにして頂きたいです」
まあ絶対嘘だろうが。
本当だったら土下座でもして謝ってやろう。
「先に申して置きますが私は邪神です」
「ああ…」
「納得しないでください…」
「すまん」
「…私は現在訳あってこの様な醜い豚の姿に変えられています。私が元の姿に戻るにはあなたの協力が不可欠なのです」
姿を変えられたって…元は美豚だったんだろうか?
「私の使徒になってください!」
「ええ...邪神の使徒とかやだよ」
「そこを何とかお願い致します!」
「と言われても…」
邪神の使徒とか禍々しいのやだなぁ...。
明らかにデメリットの方が多そうだ。
邪神復活!人類滅亡!なんて洒落にならない。
「もし協力してくださり、私が美少女に戻った暁には胸を触らせてあげます!」
「協力しましょう!」
実は俺…困った人をほっとけないんだよな!
全く俺ってやつは…!
「本当ですか!?」
「ええ、本当ですとも」
「あ、ありがとうございます!」
声を震わせ大粒の涙を流す豚神様。
少し浅慮が過ぎたかもしれないがまあいい。
そんなことよりおっぱいだ!
「で、俺は何をしたらいい?」
「まずは誓いを立てます」
「メギドの名に置いて、汝を我が使徒とする。受けるのであれば口付けを」
「え゛っ!?それは、そのう...」
「口付けを」
にっこりとしつつ迫る豚神。
確かに協力するって言ったけどさ...言ったけどさぁ...。
これは、流石に。
「男のくせにグダグダ言い訳をするおつもりですか?」
「ぐっ...」
こうなりゃヤケだ。
差し出された手の甲に口付けをする。
「う゛っ...生々しい...」
「...ありがとうございます」
「で、次は何を?」
もう何でもいいから早くしてくれ。
「汝に使徒としてエギルの名を授ける」
「有り難く頂戴します」
...こんな感じでいいのか?
名前を貰った瞬間豚神の顔が崩れ始めた。
「やりました!成功です!」
「うわっ、グロッ!」
ドロドロと豚神の顔が溶け出したかと思えば豚神の全身から黒い輝きが溢れ出す。
あまりの閃光に目が眩む。
閃光が止み、目を開くとそこには美しい幼女が立っていた。
「疑って申し訳ありませんでした」
すかさず土下座する。
「まだ疑ってたんですね...」
声まで透き通った美しいものになっている。
ていうか少女じゃない...まあいいか。
「それでは、どうぞ」
そう言って邪神様は無い胸を張る。
服も随分上等になったな。
「触らなくて良いのですか?」
ああ、そんな約束したっけ。
「俺幼女に興味無いんで」
「そうですか...ではどうやって私は恩返しすべきでしょうか」
「あー...何か考えときます」
「そうですか。変わった人ですね」
邪神様はそう言ってふわりと微笑む。
...さっきまで豚だったとは思えないな。
「ところで何故私の申し出を承ってくださったのですか?胸が触りたかった訳では無いのでしょう?」
「あー...最初は余りにも必死だったからですかね」
触らなかったのはあなたが幼いからだ。
もし同年代かそれ以上の容姿をしていたらもちろん触りたかったが。
「それに強制せずちゃんと交渉してくれたじゃないですか」
「それは私が願う立場だったので当然だと思うのですが」
「いやいや、元の世界に帰さないとか言われて脅されるかと思いましたよ」
俺がそう軽口を叩いた瞬間。
先程まで花のように可憐な笑顔を見せていた邪神様の顔からサッと血の気が引いた。
「えっ?ちょっ、冗談ですよね...?」
更に滝の様な汗を流し始めた。
「や、やだなぁー。そのジョークは笑えないですよー」
はははと乾いた俺の笑い声だけが響く。
「あっ!」
唐突に邪神様が閃いた様な顔になる。
何か思い付いたのか。
ビックリさせないで欲しい。
「あぁー、申し訳ありません。そろそろあなたを留めて置くのも限界になってしまいましたー!」
何と言う棒読み...!
閃いたのは誤魔化す方法かよ!
突如俺を中心に砂嵐が巻き起こる。
「ちょっ!邪神様!?洒落にならないんですけど!?」
「私の力が及ばず申し訳ありませんー!ちゃんとそちらで生き延びることが出来るだけの力を授けますから!」
「いや、そういう問題じゃ...ていうかこっち向いてくださいよ!」
邪神様はゆっくりと振り返ると、
「その、ごめんなさいね」
引き攣った笑みを貼り付けてそう言った。
その瞬間砂嵐は一層強くなり視界が暗転した。
こうしてただの高校生だった俺は邪神の使いになってしまったのである。
9月29日、文章を修正しました。