トラック出撃
もうもうとその湾曲した煙突から黒煙を吐き出しながら、
天城型以下四隻とその護衛の艦艇もバリエッテ水道にさしかかろうとしていた、
甲板には既に艦上機が整列していた、
バリエッテ水道はトラック環礁北側にある水道であり、
ここを出れば全速力で北から吹く風に艦首を立てるのだ、
その前準備と言っても過言ではない、
「小沢君にいて欲しかったな、新鋭機を取り扱うわけだし」
「今更言っても仕方ありませんよ、我々はトラック環礁さえ制圧できればこの演習は勝ったも同然なんですから」
「だいたい航空機の知識がない俺たち二人をなんで配属させたのやら」
そう言いながら、
有地十五郎中将が佐田二郎中佐を指と目で指名した、
「司令、俺なんて幽霊ですぜ」
「それは大陸の艦爆乗り共通だろ」
「大陸で一度でも飛んだ艦爆乗りは源田をこれでもかと警戒しますよ、また卓上の空論を言うんじゃないかって」
「源田はなぁ………、現場からの叩き上げだもんな」
「それ言ったら私もですよ」
乾いた目で思いっきり司令官の有地を睨みつけた、
その時佐田が無線室から連絡を受けていた、
「司令官、バリエッテ水道を早く出ろとの催促が来てます」
「輜重の奴らか、時間には厳しいなぁ本当に」
「陸軍上陸船団の後続の輸送船団でしたっけ?」
「あと鳥海以下第四戦隊が外洋に出ました、輜重軍が言うところの作業に五分ほど遅れが出てると」
「そこまで気にするのか、第七水雷戦隊は?」
「第十一戦隊が引き抜かれてますので殿の赤城の次となります」
ふむとうなずき、
その特徴的なヒゲをなで回した、
「………水道の出口にまた潜水艦の待ち伏せがあったりしないだろうな」
「水偵が周りを見張ってますから大丈夫だと思いますが」
荒い息をして一人の水兵が駆け込んできた、
おそらく伝令だろうか、
「セ連送!!!ワレ、戦闘機ノ攻撃ヲ受ク!!!」
「どこの方角だ、どの機体だ、はっきりしろ」
「七時方向の哨戒区にて九六陸攻が攻撃を受けてるもよう」
「オランダか………」
「また嫌がらせじゃないですかね………」
「偵察機が脅しと本気を見間違える素人じゃないんだから」
そう言うと周りを見張るように見せかけて双眼鏡で水道の出口を見つめた、
「………ん?あれは蒼龍か、この演習に一航艦も来ましたっけ?」
「どれ?………あれか、あれは翔梟だ、輜重軍の中型空母だ」
「翔梟型も来てるのか、大演習になりそうですな」
どっちかというと船団護衛のついでだろと粟谷は心の中で佐田につっこむ、
船団護衛の上空護衛にも定評がある輜重軍の事だ、
第四艦隊が頼み込んだのだろうなと有地が勘を巡らせた、
「何れにせよ強敵になるぞ、艦隊防空がいつも以上に濃くなることを覚悟しないとなぁ」
「むしろそれどころではないと思うんですがね」
一枚の紙が、
机の上におかれた、
『敵ノ空母ヲ認ム、敵ニ要撃ノ備エアリ、増援ヲ求ム』
「小沢のか!?」
「いよいよ、大日本帝国も欧州大戦に巻き込まれましたな」
「いや、まだ巻き込まれたわけじゃないはず、粟谷だ、艦橋より甲板へ!!艦上機を収容しろ!!!」
「いったん戻りましょう、弾薬も半分が演習弾です、補給を済ませてからで...」
「いや、このままいくぞ、」
全員が、
全員の視線が有地に注がれる、
「小沢君との約束の件もあるしな、それに...」
「それに?」
「書類は嫌なんだよ」
艦橋に静寂が訪れた、
「まさか空母対空母をここでやるわけじゃないよな」
こんな三段空母では無理だと小沢は先程から愚痴が止まらない、
既に下段甲板の艦戦は暖機を終えており、
上段の攻撃隊も換装を終えて並べられていた、
艦橋のすぐ後ろのエレベーターは航空機を上げ下げするのに忙しそうにベルを鳴らす、
「陸用爆弾とほんの少しの魚雷でなんとかなるかね」
「航空機に詳しい長官でも難しいですか」
「先手を取ればいいんだが、ニューギニアから陸の航空隊が来ないか心配なんだよ」
「飛んできた飛行機は輜重の護衛艦に任せましょう、我々は島の攻略の支援をしなければなりませんからね」
わかってると小沢はつぶやくとその鬼瓦のような面構えを一層深くきざんだ、
まもなく暖機も終わり発艦が始まるだろう、
輸送船団から真逆の北へ向け全速航行しているため輸送船団にもしもがあれば対処がすぐにできないなど、
様々な事が脳裏をよぎる、
「発艦始まります」
頭上から爆音が聞こえ、
固定脚の愛知製の艦爆がゆっくりと空に上がっていく、
その直後に下からも爆音がし、
中島製の艦戦がすーっと登っていく、
「あの機体中々の腕だな」
「下段飛行甲板からの発艦は難しいですからね」
その後は上段飛行甲板と下段飛行甲板の機体が交互に発艦していく、
それもその筈同時に発艦すれば中段の艦橋の目の前で空中衝突しかねないのだ、
その為上段と下段で艦内電話を利用してタイミングを合わせているのだ、
「本土から連絡は来ないか」
「おそらく混乱してるかと」
「急いで欲しいものだ」
既に発艦しているのにどの口が言うかと小沢は自分に対して思った、
まもなく、火蓋は切って落とされようとしていた