異型の艦隊
トラック泊地の朝にしては賑やかだった、
基地航空隊は朝から整備のために発動機の音が聞こえる、
泊地内の飛行艇や陸攻は既に発進準備を整えていた、
トラック泊地に鎮座する第四艦隊以下も煙を吐き始めていた、
「納得行きません」
「まぁ落ち着け、確かに今回の大演習には参加できないが君には二つの任務がある」
「回航の任務を聞いたときは納得行きました、しかしその後のこの電文には納得ができません」
「まぁ………我が国の新たな生命線を切り開くと思えば、」
「無理です、はっきり言って改装前の土佐では戦える自信がありません、艦上機も旧式です」
「旧式も旧式の九六式世代ではないだろ………」
「とにかく無理です、こんな装備で八州諸島を攻略するのは荷が重過ぎます、機数も少ないです、どうやって攻略しろと言うのですか」
「山本長官直々の命令だ、日本の航空機にも関わってくるから是非ともと君を指名してる、小沢君」
「改装後なら考えました、しかし改装前の今の段階では土佐は無力に等しいです!!!」
作戦の電文を机に叩きつけて、
鬼瓦は部屋の中で吠えた、
艦橋に陸攻や飛行艇の離陸していく音が聞こえる程の静寂が流れる、
時計だけが普段通りに歯車と針を回していた、
腕時計をチラッと見ると目で小沢治三郎を促す、
「私は水雷屋でな、空母の運用は全くわからん、だから今回の君の第一航空戦隊の本土回航を目処に計画された、だから、何かあったら私がこの天城型四隻を率いて全力で君を支援する」
「弾が演習弾でもですか」
「………ほら、時間気にしなさい、あと一時間だぞ」
トントンと腕時計の針を指で指す、
流石に演習弾での支援は出来ない事はわかっている、
その為言い返せない代わりに時計を見せた、
まもなく、回航の時間だった、
失礼しますと不機嫌な鬼瓦が艦橋を出て行くと同時に、
制服のボタンを一つ開けた、
「小沢君は頑固だねぇ、参った参った」
「有地司令官が頼りなく見えるからじゃないですかね?」
「粟谷参謀はひどいことを言うな、今回の回航での引き抜きは?」
「は、第十一戦隊と司令官の南雲少将、第六水雷戦隊と司令官の橋本少将です」
「で、珍しく協力的な陸軍は?」
「甲型を二隻、あきつ丸以下四隻、輜重軍の護衛艦四隻、海上機動旅団一個、………こちらの方面にさける戦力としては珍しく大戦力ですね」
「そこに海軍特別陸戦隊も含むと、無人島八つを攻略するには相当な戦力だな」
「後続の輸送船団と輜重軍も居ますから、大規模作戦になりますよ、万が一に備えて演習弾おろして実弾積みますか?」
「馬鹿言え、今回は演習だぞ、伊勢型扶桑型四隻を編成した第四艦隊が相手だ、基地航空隊の陸攻や飛行艇が敵を見つけない限り実戦はない、書類仕事は勘弁」
艦橋の扉が叩かれる、
急いで開けたボタンを閉めた、
粟谷も帽子をかぶり直す、
「見回りで遅れました佐田です、」
艦橋の中は別の意味で静寂が流れた、
第一航空戦隊の艦橋も静寂が流れていた、
不機嫌な小沢と困った顔をした南雲と橋本が挨拶に来ていた、
既に土佐に乗り込む前からわかっていた事だが、
参謀の美濃部から厳重な注意を受けるとなるといよいよだと二人してか顔を見合わせていた、
「まさか朝っぱらから飲んでいたりしませんよね」
「それはどちらかといえばうちの有地司令官だろ」
「そう言えば有地さん酔っぱらってませんでしたね、珍しく」
「まるでいつも酔っぱらってるみたいな言い方するな、バレたらどうなるかわかってるだろ」
はいと言う代わりにかぶっていた帽子を持ち上げてかぶり直した、
そこからは小沢の愚痴に付き合わされていた、
回航まであと三十分、
「だいたい第一航空戦隊だってまだ連合艦隊長官の山本さんが直々の指揮なのにこの第二航空艦隊は人事がおかしいだろ、司令部は曲者ぞろいじゃないか、猫サンマの有地十五郎、風紀科の生きる伝説佐田二郎、唯一航空に関わったのは粟谷くらいだろ、あいつもあいつで大陸で大尉の時に幽霊になったらしいが、後から入ってきた弟より階級が低いんだぞ、全く………
機関銃のように喋る小沢の目には見えなかったが、
南雲と橋本はしきりに時計を気にしていた、
回航まであと二十分、
既にトラック泊地の外側のどこかに陸軍の上陸船団が南下しているはずである、
それと合流し、八洲諸島攻略後にパラオで補充などを行い土佐を本土に送り届けたあと、
橋本は第六水雷戦隊を率いて再びトラック泊地に、
南雲は事前に知らされていた人事異動がそれぞれ待っていた、
「そう言えば、粟谷さんはなんであんなに階級が低いんだ?」
橋本が話題転換を試みる
これで終わってくれと言わんばかりに、
「支那事変で源田が考案した単座艦爆に乗った生き残りだ、多分技量は相当あるぞ、あのあと単座艦爆乗りは戦闘機か艦爆に振り分けられたから解体、九五式は複座改修の上で爆撃機として運用、この一件で源田も中佐止まり、自業自得だよ」
「つまり二階級特進をしてさらに降格したのか………」
「ある意味死については粟谷が一番わかってるだろうな」
回航まであと十五分、
話題転換が幸をなしたのか小沢がチラリと時計を見てこちらに振り返った、
「引き止めて済まなかった、橋本少将、なにか聞きたかったら私か南雲に聞きなさい」
これを言ったのには訳があった、
小沢の第一航空戦隊、南雲の第十一戦隊共に第二航空艦隊所属なのに対し、
橋本の第六水雷戦隊は第四艦隊所属なのだ、
その為小沢が話した話は南雲にとってはあぁあの話かという認識だったのに対し、
橋本は新鮮さがあった、
「南雲さん、風紀科の佐田さんってどんな人ですかね」
「そうだな………お前第一次上海事変は知ってるよな?」
「はい」
「じゃその時あった第三艦隊事件はわかるな?」
「あれですか………」
第一次上海事変の時、
第一艦隊から航空戦隊の引き抜きがあった、
その時引き抜かれたのが土佐と鳳翔だ、
既に天城型は改装工事のためにローテーションを組んでた、
龍驤の派遣も時間の問題だった、
しかしその時にあった土佐艦内の女性兵陵辱事件の現場を抑えたのが、
「風紀長山田隆成ですよね?」
「違う、小沢さんに聞けばわかるが、本当は佐田中佐だった」
「なんでそんなに隠すんでしょうかね………」
「山田隆成自身も、その前科があったからだ、今でこそ風紀科のトップを務めるが、佐田中佐だけには何もできないらしい」
「嫌がらせで階級が上がらないってことですね………」
そもそもなぜ女子が軍隊にいるのか?
その理由は簡単だ、家は男が生まれると長男坊を残し全てどこかへ売ってしまう、
そこから送られてくる収入で家庭を成り立たせている、
その最も収入率が高いのが軍隊である、
手当がでて、戦死したら名誉ももらえる、
もちろん多額の名誉金も送られてくる、
男は力仕事に使えるので家に残すが、女だと嫁ぐしか方法がない、
力仕事は到底苦痛でしかない、
だから手当欲しさに軍隊へ送るのだ、
そのため軍内の女子兵の差別は尋常ではない、
それを解決するために風紀科が新設された、
これとは別の理由だが輜重軍が日本の第三の軍隊として君臨している、
主に補給や後方支援を専門に行う軍だが、
戦闘には直接参加しないためにこちらも差別の対象となっている、
しかし戦闘には直接参加しないにしても巻き込まれれば別である、
そのために近年では風紀科と輜重軍を統合して再編成する計画すらあったという、
「さて、君はあっちだろ?水雷戦隊を私も率いてみたいものだ」
「そちらは三四ノット出る高速戦艦ですよね、私はその高速戦艦戦隊を率いてみたいですね」
「やめておけ、金剛型より古い練習艦だ、おっと最近改装終わったばかりとは言うなよ、比叡も同じ様な改装を今年中に終える予定だ、まぁ、甲板が広い分水偵の数が他の戦艦より多いけどな」
「副砲全廃して代わりに高角砲や機銃を載せたそうですね」
「副砲のやつらはみんな喜んでたよ、砲弾が軽いってな」
内火艇から愉快な笑い声が様々な音にかき消されつつも聞こえてきた、
その内火艇と反航する形で小発に箱型の部屋を載せた感じのボートが通り過ぎた、
「ありゃ輜重軍のボートだ」
「臨時回航司令官ですかな?」
この二人の予想は的中していた、
物資の輸送に関わる輜重軍であるがゆえ、
回航はある意味軍艦という物資をどこかへ持っていくという行為は、
輜重軍からの引き抜きが行われるのだ、
おまけに今回は八洲諸島攻略の後の物資輸送もあり、
日本帝国軍きっての一大作戦になると予想できた、
「輜重軍も参加するとなると、」
「事あるごとに書類にサイン求められそうですね」
さっきまで笑っていた二人は明らかな落胆を見せた、
実際物資輸送に関わるとして輜重軍は書類を最も重視する、
もし不正などがあれば陸軍からのお下がりではあるが十一年式軽機を肩からかけて、それとモーゼル機関拳銃を腰にさして武装しデッカイリュックを背負った兵が一個大隊やってくるのだ、
後方支援の輜重軍としては珍しい前線型である、
有名な話を持ち出すと、
支那事変の時に路上に積まれていた日本軍の補給物資の中から中国の子供達がリンゴを一箱盗み出した、
その際にこれを目撃した一人の輜重兵がこれを尾行、
家を突き止めて隊長に報告し、
隊長が一個大隊率いてその家に押しかけ書類にサインを迫ったという、
その際には中国語でここに名前を書けと連呼した、
ちなみに後日その輜重兵は隊を離れるための書類提出をしてないとして謹慎処分と反省文を食らっている、
憲兵と同じく語学や様々な能力を身に付けなければいけないため、
輜重兵は東大以上に勉強すると言われたほどである、
そのため一時期は勉強軍と揶揄された事もあった、
しかしこれにはちゃんとした理由があり、
輜重軍設立に伴い最初の卒業生の書類不正が相次いだ為である、
後方支援で楽しようとした輩ばかりが入隊してくるため基準を引き上げざるをえなかったのだ、
軍隊としては最悪な一期生であった、
「臨時回航員、粟谷勘一大将であります」
小沢の反応はどこか聞いたことある名前だな程度だった、
参謀の美濃部は会釈をしただけで終わった、
「………あぁ、粟谷参謀のお父さんか」
「お?よくぞお分かりで」
なるほど親子共々少し似ていると少しだけ小沢は感心した、
第二航空艦隊内で粟谷兄弟を知らないものはいない、
もっとも、認識が『弟より階級が低い兄』というようなもので、
よく注意をするときに使われていた、
『お前もやらかすとああなるぞ』といった具合に、
「今回の回航は弾薬全部使い切っていいとの事です、書類が減りますな」
「対地爆弾だけで不安だがな」
「大丈夫ですよ、我々の護衛艦で先導しますから」
「航路の問題じゃないんだがなぁ………」
輜重軍は軍隊としては珍しい空陸海全ての兵器を持っている、
海は護衛艦、
陸は戦車や装甲車、
空は航空機、
少ない予算でここまでできるのか?
と言えば、実は努力してなんとかなっているのが現状である、
護衛機は商船構造の装甲無し、
戦車や装甲車は鉄板、
航空機は流石に削れば性能に関わってくるのであまり削っていない、
「アメリカの軽巡のコピーの護衛機か………」
「言い方が悪いですよ、あくまでも参考にしたまでです」
「アトランタ型軽巡か………対空と対潜は任せたぞ」
「なんなら潜水艦も持ってきましょうか、書類にサイ………
「要らん」
差し出された万年筆は虚しく机に置かれた、
輜重軍の潜水艦は後に言うところの水中高速型であり、
これで毎日対潜訓練したり、
潜水艦を使って監視や偵察などをやったりする、
「商船構造なら香取を採用すればよかったじゃないか」
「その艦はそちらの軍の管轄です、おまけに香取型では能力不足です」
「ふん、言ってくれるな」
「そちらこそ陸軍といい我々輜重軍といい、直ぐに徴用出来るように最近は輸送艦ばかり作らせているじゃないですか、」
「空母改装を前提とした貨客船は無理だ、あれは陸軍に完全に握られた、そちらの潜水母艦と高速き給油艦もおそらく無理だろうな」
「もっとも、その潜水母艦も高速給油艦も同じ設計の"船"なんですがな」
「商船構造か………」
「おかげさまで陸軍といい、我々輜重軍といい予算増額は嬉しいですよ感謝します」
「回航時間だ、艦長」
「了解しました」
粟谷も安物の時計を見て確認する、
安物なのかわからないが十分程ずれていた、
思わず眉間にしわを寄せてそれを直した、
しかし、
この時、
まだ誰も想像しなかったであろう、
無人諸島攻略作戦がまさか本当に一大作戦になると、
第十一戦隊所属
五葉型戦艦
全備排水量:31,000トン
速力:34ノット
装甲:最大203mm
主兵装:35.6cm45口径連装砲×3
副兵装:12.7cm連装高角砲×8/機銃多数
航空兵装:カタパルト×2/水上偵察機×6
乗員:約1200名
全長:222m
全幅:28.04m
主機関:蒸気タービン2基4軸 66,000馬力(竣工時)/蒸気タービン4基4軸 141,000馬力(改装後)
最大速力:28kt(竣工時)/34kt(改装後)
航続距離8,000浬(14kt時)(竣工時)/10,000浬(18kt時)(改装後)
同型艦:五葉、愛鷹
説明
金剛型より古く国産戦艦として設計されたが困難に次ぐ困難で結局金剛型の後に竣工就役した、しかしいざ就役してみると前方一基後方二基の主砲の配置が扱いにくくさらに第一次大戦の海戦で巡洋戦艦としての旧式が目立ちさらに軍縮条約も重なり扶桑型と共に練習艦へ降格、同じく練習艦の比叡の改装に伴い全く同じ改装を施された結果、金剛型よりも2ノット速くなった、これにより一線へ見事復帰した
輜重軍第二海上護衛艦隊所属
第一号型護衛艦
全長:165.1 m
全幅:16.2 m
吃水:6.3 m
排水量:5500トン
速力:30ノット
航続距離:10,000里(14kt巡航時)
乗員:660名
機関:ジーゼル×4(37,500hp)/スクリュープロペラ×2軸
兵装:12.7cm50口径対空砲×16門(連装砲塔×8基として搭載)
機銃:25mm機銃×12門(3連装銃架×4基として搭載)
機銃:20mm機銃×10門(単装銃架×10基)
雷装:610mm 3連装魚雷発射管×2基
同型艦:多数
説明
輜重軍が自分たち用に作った護衛艦であり、輜重軍が言うにはパクリではない、参考にしたまでですとの事、元々旧式駆逐艦しか配備されてなかったため商船の高性能化に伴い試行錯誤の末これにたどり着いた、排水量によって番号がふられており、巡洋艦クラスは一号とふられ、駆逐艦クラスは二号、それ以下は三号となっている、
第二号型護衛艦
排水量基準:1,685トン
全長:111m
全幅:9.9m
吃水:3.5m
主缶ロ号艦本式缶3基主機艦本式タービン2基2軸 42,000hp
最大速力34ノット
航続距離18ktで4,000浬
燃料重油:540トン
乗員:w226名
兵装:50口径12.7cm対空連装砲×2基4門/50口径12.7cm対空単装砲×1基1門/40mm単装機銃×2挺/25mm三連装機銃×3基/13mm連装機銃×2基/61cm4連装魚雷発射管×1基4射線/爆雷×30
説明
元々は白露型を基にジーゼル機関の護衛艦を建造しようと試みたがまたもや海軍が介入、海軍に準ずる装備を持った護衛艦となった、後に海軍は決戦用としてこれの徴用を目論むも、全ての方面で失敗する、こういう徴用艦艇を陸軍や輜重軍に造らせて後から徴用する方針は事実上失敗、後に言うところの海軍は予算を無駄にした年があったという、