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本部の聖騎士たち

 白亜の円柱立ち並ぶ回廊を、少女は颯爽と歩いていた。いつもの聖騎士としての正装に、髪は細かな三つ編みに結い上げている。

 彼女が歩を進めるたび、鋼のブーツと床のぶつかる音が反響する。この静謐な空間では、それ以外の音は一切聞こえない。

 ただ胸を張ってすすみ、その度マントが翻る。

 奥のほうへ、奥のほうへ。




 聖騎士らが集会を行う部屋の奥、二本の柱に飾られた壁の向こうが、少女の目的地だった。

 少女がその壁の前に立つと、瞬きする間に壁が上へと吸い込まれるようにして消えた。手を触れもしていないのに、だ。小さな音すらたてないこの仕組みの原理は、少女にはさっぱり分からない。


「おかえり」


 入口に立つ少女を振り返ったのは、彼女よりも背の低い少年である。利発そうな大きな瞳をし、整った美しい顔をしている。少女のものと同じ材質のマントをうまくローブのようにして、その体をすっぽり覆っていた。


「……ただいま」


 少年の前には、青みがかった光を発する、純白の球体が浮かんでいた。正方形の台座の上でただ黙するその球こそが、彼ら聖騎士団の崇め奉る『女神』である。花祭りの日に謳われていた、正義の秤をたずさえた、白い女神。それが、少女の頭ほどもの大きさも無いだろうこれである。


「えっと、ほんとに久しぶりね」

「……そうだっけ。最後に会ったのはいつだった?」

「さぁ」


 「覚えてるわけ、ないじゃない」と少女が肩をすくめると、少年はかるく頷いた。

 彼の顔は数週間前にちらりと見かけた気もするが、こうして言葉を交わすのは数カ月ぶりだろうか。毎日あちこち飛び回っているため、イマイチ時間の感覚がつかめない。自分よりも忙しいこの少年ならばなおさらだろう。


――こんな小さいくせに、抜きんでて強いのだから困る。


 と、少女は自分のことを棚にあげてそんな風に思っていた。どこぞの下っ端男が聞いていたら、恐らく呆れ顔で突っ込んでいただろう。

 そこで会話が途切れた。二人はしばらく、彼らの女神を見つめた。


「……あ、そうだ。聞きたいことがあるんだけど」

「……僕に?」


 少年は目を細めた。訝しんでいるのか困っているのか、それとも面倒くさがっているのか。いつもだが、うまく読めない表情を彼はする。それは、老獪ささえ感じさせる器用さだった。


「うん。あっ、時間ある?」

「正直ない。でも、ちょっとくらいなら待つよ」

「なにを」


 待つの、と言いかけたところで少年は女神へと目を向けた。うながされるように視線を送る。


「そろそろ、ご神託が下るんじゃない」


 白い球は光を放つのみで、特に変化は見受けられない。しかし何も言わず少女は目を閉じる。本当は跪いて頭でも垂れるところなのだろうが、今は狂信者のようなやつらもいないので、気にすることもない。少年もそれに習うようにして目を閉じた。

 ほんの一時、たったの数秒。

 女神から発せられていた青白い光が失せ、かわりにただ眩しいばかりの光が部屋を覆い尽くした。




 光が止み、脳に直接女神からの指令が叩きこまれてすぐ。常に忙しい少年は自分の額をおさえた。うぅ、と思わずうめき声までもれる。


「まさか、追加でくるとは思わなかった……」


 すでに受け取っていた使命に加えて、もう一つ新たなご神託が下された。これはこの少女のついでか。ついでなのか。

 別にそこまで労力を必要とするものではないのだが、そろそろ腰を落ち着けて休みたい。とにかく休暇が欲しい。もうどれほど経つのか、それも分からなくなるくらい少年は休んでいなかった。たった一日でもいい、切実な願いである。肉体というよりも、精神的な何かがゴリゴリとすり減っていく。……まあ、少々削られても問題ないくらい図太いのは自覚しているが。

 少年が「ま、いいか」と諦め半分に気持ちを立て直して顔をあげると、少女が目を見開いて女神を見つめていた。先ほどから一言も発しないので不審には思っていたのだが、何があったのだろう。どうもただならぬ様子である。少年は声をかけず、とりあえず見守ることにした。


「どうして……?」


 震える声がこぼれおち、球体を見つめる瞳には焦りがにじむ。しかし当然のごとくそれは静まりかえったまま何も答えない。ただ女神は断罪するのみである。

 なんとなくご神託を把握、はできないものの事情を察した少年は、黙ってその痛々しい姿を眺めていた。少女の華奢な背中が、さらに小さくなったように見える。


「どうして!? だってそんなことはしないって言ってたのに!!」


 怒鳴った声はすぐ白い壁に溶けて消えた。苛立ちを露わにする少女になんと声をかけることもなく、少年は見るべきではないだろうと背を向ける。

 無駄だと分かりながらいくつか叫んだあと、少女はうなだれ、そのにぎった拳を震わせた。


「こんなのに、何があるっていうの……!」


 一転して、縋るような悲痛な声だった。


「残念だったね」


 少年は振り返らないままそっと目を伏せ、らしからぬ皮肉げな顔で笑った。


「ここには正義しかない」




「――相談は、もういいから。時間取らせちゃってごめんね」


 それからしばらくの後。少女がやっとの思いで笑みをつくりそう告げると、少年は手を振っておどけてみせた。


「別にいいよ」


 そして思い出したように「じゃ、またね」と続けると、そそくさと足早に出ていった。

 どうやら気を遣われたらしいと分かり複雑な気持ちになった。あんなに取り乱したところを見られたのは恥ずかしかったし、いつも忙しそうな少年に悪いことをしたような気にもなった。そして一人にしてもらっておいてアレだが、少女に泣くつもりは一切なかったのだ。

 それでも気遣われることなんて滅多にないので、ちょっぴり嬉しかった。


「さて、どうしよっかな……」


 壁にもたれかかり天井をみあげる。ここには滅多なことで人も来ないから、静かでいい。

 基本的に皆が皆出払っているし、常時待機している者がいるわけでもない。本拠地とは思えないほど寂しいところだが、少女はここが気にいっていた。

 冷たく、静かで、何もない。まるで自分のようだが、比べればまだ自分の生が実感できる。

 それだけの理由で、好きだった。

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