荒野の聖騎士
男と別れた少女は、人混みを避けるようにまっすぐ物陰へと向かった。
周りの気配を確認し、精神を集中させるために目を閉じる。脳裏にうかぶあの優しい黒い影を振りはらい、少女はただ一点に気をむけた。
次に少女が瞼をあけたとき、そこには荒野が広がっていた。
夢の世界のように舞う花びらは失せ、愛らしく飾られた建物は無造作に転がる岩へと変わった。雑草の一本すら生えていない、だだっ広く閑散とした荒野。あの胸がはずむ喧噪は消え、しんと耳が痛くなるほどの静寂だけがそこにある。
「……」
少女が大きめのダウンジャケットのジッパーをおろすと、その下からあらわれたのは白銀の鎧だ。ついでにポケットからヘアゴムだけ取りだすと、少女は振り返らないまま上着を後ろへ投げ捨てた。もう必要のないものだ。
次にリュックから、なめらかに輝くマントを引っ張りだしたところで、少女は小さく溜息をついた。
――どうしてこうなるんだろう。
嘆きたくもなるが、しかしもたもたしていられない。彼女に時間はない。
少女は気合いをいれるため頬をたたくと、「よし!」と勢いよくリュックを閉じて地面に置いた。
そして髪を無造作にくくりあげ、マントを羽織る。最後に虚から大切な槍を取りだして、準備完了だ。
足元が慣れない普通のブーツであるため不安だが、それを差し引いても負けるはずがないほどの実力差がそこにはあった。
少女が槍を手の中でまわすと、バチバチとうるさく紫色の火花が散った。いい調子だ。
「さあ、来ないの?」
軽い調子で呼びかけると、前方の空気が陽炎のようにゆらりと歪んだ。
挑発するように槍を大きく振りあげ電撃を四方に散らすと、陽炎が天に届かんばかりに大きく膨れ上がる。
次の瞬間、歪みからぬるりと這いでる爬虫類の腕。周囲の気温が下がったかと思えば、ドラゴンの巨体が一気に姿を現した。
「――!」
しかし、それがいくら大地を踏み締めようとも音はせず、少女など一口で呑み込めそうなほど大きく開いた口からは、何の雄叫びもあがらない。透けてみえるその巨体の向こう側の景色は、先ほどの陽炎のように歪んでいた。
実体をもたない、いわゆるゴースト状態のドラゴンである。
生前であれば一国の存亡をも握る存在だったのだろうが、今となってはただの哀れに彷徨う霊魂に過ぎない。ただそれが普通の哀れな霊と異なるのは、――やる気満々なところと、実際に相手を殺すことができるところだろうか。
身をかがめ、威嚇するように身体と尾をうねらせ、光のない瞳でこちらを睨みつけるドラゴンは、まるで生きているかのように戦いを渇望していた。実際に生き物を殺すことができるようになるほど、殺し合いを欲しているのだ。
そんなドラゴンの覇気を一身にあびてもなお悠然とその場にたたずむ少女は、ドラゴンを見据えて、ただ一つだけ深く頷いた。
「戦ったげるよ」
告げ、槍を構えて腰を落とす。
ドラゴンが少女目がけ襲いかかるのと、少女がドラゴンに身をつめるのは同時だった。
「化け物が生き物に敵うわけないだろ!!」
吠え、宙に身をひるがえし、少女はその切っ先をドラゴンへ向けた。