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エンカウント? デート?

 鮮やかな花びらが、風の魔法でふき上げられてはひらひらと舞い落ちてくる。抜けるような青空のもと、皆が皆楽しげに笑いあっている。

 今日は神を祭る日。正義の秤をたずさえた、白い女神がおりてくる日。花祭りの日。

 そんな華やかに賑わう町のなかで、ただ一人悪の組織に属する男だけが、むっつりと押し黙っていた。


「……」


 男の背後で、一発パン、と軽い発砲音が響いた――。




「――お兄さん、何してるの?」

「ああ……何してんだろうな、ほんとうに」


 うんざりした、どこか虚しさを感じさせる表情で男は青空を仰いだ。


 そんな男を見て、聖騎士の少女は心底不思議そうに首を傾げた。彼女が射的で倒して受け取った熊のぬいぐるみは、コミカルな笑顔をにっこり浮かべている。

 男はそのぬいぐるみの頭と少女の頭を、同時にぐりぐりと撫でつけてやった。むっと顔をあげた少女の額を、今度はかるく小突いた。


「次、行くか」


 言うと、少女はにっこり笑った。その背後で舞う色とりどりの花びらが、彼女の笑顔をささやかに飾った。


「うん!」




 傷薬に書かれた男宛のメッセージに気づいたのは、仲間に医務室に運ばれて、一眠りしたあとだった。せっかくもらったのだし痛む背中に使おうと、スプレータイプのそれを手に持ったときである。

 側面いっぱいに油性ペンで、ただ日付と時刻、この町の名前のみが、変に丸っこい癖字で書かれていた。

 あまりのインパクトに一瞬何かの呪いかとビックリしたが、本当にそれだけだった。用件も宛先も、何も書かれていない。

 罠か、何かの手違いか。

 さんざん悩んだあげく、男はのこのこ、指定された町へと向かった。とりあえず手違いであったら、そのことを少女に伝えるべきだと考えたからだった。他に理由などない。


――まさか、祭りに行くことを頼まれるとは思わなかったが。


 すぐ隣で、足取りかるく進む少女を見やる。白いスカートに、男物みたいにシンプルな空色のダウンジャケット。金色の髪はくくらず、そのまま背中に流してある。あまりしゃれっ気はないが、まるきり普通の少女のような服装はとても新鮮で、別の人間に見えてしまうほどだ。

 飾り気のない白いキャスケット帽をかぶり直していた少女は男の視線に気づくと、頬をゆるめた。


「おろしてるほうがいい感じでしょ」


 一瞬何を言っているのか分からなかったが、どうやら自分の髪型について話しているらしい。少女は肩にある一房をつまむと、見せびらかすようにひらひら揺らしてみせた。


「……まあ」

「でしょ!」


 自慢げに胸をはって、少女はおどけたように笑った。

 男は実は「正直どっちでもいい」と続けようと思っていたのだが、少女があまりにも嬉しそうに笑っているのでまあいいかな、と何も言わないでおいた。

 それにしても、彼女は案外よく笑う。




 射的のあと出店をいくつかまわったのだが、少女には何やら()いているようだった。世界と正義のために忙しいのだろう。いつものことである。

 結局射的以外何もせず、空いていたベンチに二人そろって腰かけた。「少し休憩しよう」と言い出したのは少女だった。男も彼女に聞いておきたいことがあったので賛成した。

 座り、しばらくの沈黙のあと、先に口を開いたのは少女だった。ぬいぐるみを、背負っていたもこもこの茶色いリュックサックにしまいながら、


「お兄さんは、なぜそっちに就いてるの?」


 と、なかなか真面目なことを、いつも通りののん気な口調でそう尋ねた。

 まあ隠すこともない。男は正直に答えた。


「手違いだ」


 きっかけは、就職活動時の手違いだった。

 うっかり履歴書等の提出先を間違え、それにようやっと気づいたのは、面接が男の番に回ってきたときだった。周りの人相の悪さや質問の奇抜さ、やけに世界征服という単語が聞こえてくるなど、ちょいちょいおかしいとは思っていたのだが……。

 ただ流されるまま面接を終えて帰宅し、さてどうしよう、と頭を抱えたのは言うまでもない。

 その後無事合格し、とりあえず、と改めて説明会へと足を運んでみれば、給料も悪くないし、各種休暇も充実しているし、おまけに保険保障その他諸々もしっかりしている。当初受けようと思っていたところよりも遥かに条件がよかったので、そのまま就職したのだった。


 まあ、色々ひっくるめれば、答えは「手違い」ただ一つである。

 しかし少女は、それだけの答えを聞いて何を思ったのか――それは男には分からなかったが、彼女はただ小さく頷いて、


「そっか、同じだね」


 とだけぽつりと呟いた。

 男はなんと声をかけるべきか迷った。何か勘違いされているような気がしないでもない。あとあと面倒にならないよう、この誤解はぜひ晴らしておきたい。が、どう切り出すべきか。

 情けなくもだもだしている男を特に気にした様子もなく、少女はまたのんびりとしていた。


「なんというか、転職はしないの?」


 確かに「悪の組織の下っ端」なんて、胸を張って宣言できるような職種ではない。

 が。


「給料よし、長期休暇もまあ貰え、保障で将来の心配もあんまない……。かなり条件いいんだよなぁ」


 下っ端だからこき使われるし、ハードな内容も多いが、普段はむしろ楽な部類にはいるだろう。

 またあの心身ともに削られる就職活動に戻らなければならないと思うと、このままぬるま湯に浸っていたいと男は考えていた。

 端的に言うと面倒なのである。

 両親含め男の親類は誰ひとりいないし、気にかけるような相手がいないような人間には、とてもいい仕事だと思う。


「それに、今さら仕事探しても見つからねぇだろうし」


 前職は、悪の組織の下っ端。社会的信用度はゼロどころかマイナスである。ただの前科者だ。


「仕事ねぇ。うーん、難しいな……」


 それは正義の味方たる彼女にもどうしようもない問題であった。


「どこか紹介してくれよ」

「知り合いとかいないから無理」


 きっぱり答えると、少女は立ち上がった。強がりには聞こえず、本当にただ事実を言っただけのようだ。

 そういえば彼女が誰かと一緒にいるところを、男は見たことがなかった。

 聖騎士団には、聖騎士が何人か所属しているようだが、話に聞く限りは、全員が常に単独行動をとっている。他人の助けなぞいらないほどの実力の持ち主であるから、合理的であるといったらそうなのだろうが。


――よく考えれば、この少女は非常に孤独なのではないだろうか。


 リュックを背負う少女を見つめていると、正義のためだかなんだか知らないが、いつも忙しく走り回ってるあの聖騎士としての姿が、哀しげに浮かびあがって見えた。


 と。ぼんやりしていた男の顔の前で、ひらりとほっそりした手が揺れた。


「じゃ、お兄さん、またね」


 そしていつも通り楽しげな笑顔をのこし、少女はその場を去っていった。

 三十分にもみたない会合だ。そういえば聞きたいことも聞けていないのに、と思いながらも、男は黙ってその背中を見送った。

 その背中が人混みのなか、すっかり見えなくなってから。


「……またな」


 恐らく聞こえなかっただろうが、男はぽつりと呟いて空を見上げた。


 天気は快晴。雲一つない青空のなかを、神を祝福する無数の花びらがふわふわと舞い踊っていた。


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