戦闘、五回目
背後にせまる槍の柄に気づいたときには、もう遅かった。
もちろん避けることなどできなかった男は、そのまま秘密基地の床に無残にも伏せることとなった。
しかしすぐ殴打され痛みを訴える背中を無視して上半身をひねり、堂々とたたずむ少女を振りかえる。
金糸のような髪がながれて少女の顔を隠したため、男から彼女の表情は分からなかった。
白銀の鎧を身にまとった聖騎士、その手には神話のなかの聖槍――。
まるで一枚の絵画のような美しくも空恐ろしい光景だが、しかし平常通りの声音はいつも通りのんきそうな調子であった。
「お兄さん、まだやるの?」
世間話でもするかのように男に声をかけながら、聖騎士である少女は一度空を切るように槍――聖槍エウリュデカ――を片手でふるった。
見えぬほどの切っ先と、パチリと走る不穏な電気。何気なしに行われた動作なのだろうが、威嚇としては完璧である。
すぐさま男はいや、と首を横に振った。情けなくもあったが、背中を襲う痺れにも近い痛みのせいで、これ以上立ち上がれそうにもない。
その長時間の正座どころではない痺れに、男はとうとう呻きながら地面に伏せた。一挙一動が背中に響いた。
少女はそんな彼に頓着した様子もなく、思いだしたように「あっ」と明るい声をあげた。槍を持っていなければ、手でもぽんと打っていただろう。
「そういえば、武器持ってたんだね」
「――当たり前だろ」
右手に収まる、伸ばしきった黒い警棒に視線を落とす。これは下っ端全員に配られているもので、常時携帯するように定められている。ちなみに特別製でもなんでもない、丈夫なだけが取り柄のただの流通品である。
とにかく男がこの少女相手に、武器を向けることができたのは初めてのことであった。
――まあ、その結果がこの様だが。
溜息をつき、使うことのなかったそれをしまおうと腕を動かそうとすると、うまくいかず床に取り落としてしまった。
左腕は問題ないのだが、警棒を手にしていた右腕だけがピンポイントで痺れているのだ。
いわゆる追加効果といったやつなのだが、こんなことになったのは男にとって始めてのことだった。どうやら少女は、自力でこの効果を操作できるらしい。
初めて喰らった、少女の力の片鱗だった。
「……これあげる」
男のあまりにも情けない姿を見かねたのか、少女が放り投げて寄越したのはいわゆる傷薬であった。よく見かける市販のもので、たしか打ち身に効くらしい。
それよりも、痺れに効くものはないのだろうか。忌々しいこれのせいで、せっかくもらった傷薬を拾いあげることもままならない。
――確か上官らは、麻痺直しの携帯を必須事項にしていた。これのせいだったのか。
男がしみじみ痺れに耐えていると、感嘆の声が一つ落ちてきた。
「それにしても強くなったねぇ」
目だけ動かすと、少女はなごやかに顔をほころばせていた。
そんな、まるで親が子の成長を喜ぶかのような純粋な笑顔をちらりとだけ見せると、またたったかその場から去っていった。
――なぜ今日は髪を結んでいないのだろう。
戦闘の邪魔にならないようにするためか、いつもはとにかく結ってあるのだが。
急いでいたようだし、時間がなかったのだろうか。
男は遠ざかっていく軽やかな足音を聞きながら、転がっていた傷薬を無理矢理引きよせ、そのまま目を閉じた。