町角の悪者
町に着くと、広場で町人達が集まっていた。何やら静まりかえったり、歓声をあげたりと忙しい。
見ると中年の『語り部』が、聖騎士について語っているのだった。
男も暇だったので、その観衆にまぎれこんだ。
壮麗な衣装に身をつつみ颯爽と悪を倒す、天使のごとく見目麗しい「聖騎士」達は、世界中で――正直うさんくさいと陰口を叩かれつつも――大人気だ。
聖騎士に関して変に物語を捏造することや、冊子にして儲けることなどは禁止されている。彼らについて語られるのは事実のみらしい。
ただ、何をどのようにして悪を倒しているのか知る者など(男のように倒される側を除いては)ほとんどいないため、語られるのはもっぱら知られきっているようなことばかりだ。
それでも、この盛況ぶりだ。
男はちょろい商売だなぁと、語り部の男をうらやましく思った。
語り部はちょうど、男のいる悪の組織が例の少女に壊滅させられたときのことについて語っていた。
「――というわけで聖槍エウリュデカの加護のもと、聖騎士殿は見事巨悪の計画を打ち破ったのだった!!」
周囲で歓声があがるのと同時に、男も「ほお~」と声をあげた。
――そんな名前だったのか。
今まで自分(と属する組織)を打ち破ってきた、例の武器を思いかえす。優雅なほど細身な、翼のような装飾が彫られた純白の槍。きっとまじまじと見たら、芸術品のように美しいのだろう……まあ、一瞬で意識を飛ばされる男に、そんな機会が訪れることは無いのだろうが――と考えたところで、なんとなく鳩尾が痛みだした気がした。
もちろん気のせいである。
男がそっと腹に手を当てる一方、弾き語りの男は滔々と、聖槍エウリュデカについて語りだした。
――聖槍エウリュデカ。
それは遥か昔、神話時代。
首都に住む高名な鍛冶師が、乙女の園の守護者であるエウリュデカのために、彼女に似合いの槍を一つ作るよう依頼を受けた。
鍛冶師が炎の精霊サヤを呼び込んだ竈で打ちこんでいると、雷が一筋、きらめいた。
その瞬間誕生したのがこの聖槍である。
認められた女性騎士のみが手にすることができ、一撫ですれば雷を発し、一振りすれば何十人をも切り伏せるという。
なんて大層な武器だろうと、男は自分の拳骨をながめた。スペックを比べる気にもならない。
「弱点はないのかよ」
と野次に紛れて尋ねれば、語り部でなく、周りにいた子どもが生意気にも
「あるわけねーじゃん、バカじゃねーの」
と心底馬鹿にしたように答えたので、必殺技のぐりぐりをかけてやった。
それから男はしばらく、クソガキ共の鬼ごっこに付き合ってやった。ついでに「ケイドロ」と呼ばれる、初めて聞いた遊びもやった。男は大人だからと、警察の役に選ばれた。
その理由はよく分からなかったが、ちょっぴり皮肉なものを感じた。
遊び疲れて宿屋に向かう途中、語り部がいた広場を通りかかった。
置かれている缶にちらりと目をやる。……あの賑わいとは対照的なほどの寂しさだった。現実は無情である。
哀れに思い、小銭を投げ込んでやろうかと思った途端、かわいらしい女の子が語り部に駆け寄っていった。
「父ちゃん! 母ちゃんがね、趣味やってばっかないで、そろそろ店番代わってって言ってるよ」
「おお、もう帰るところだ。手ぇ繋いで帰るか?」
「うーん、やだ!」
そんなことを口で言いつつも、二人は仲良く手を繋いで帰っていった。
男は安心したような虚しいような、そんな気持ちで宿屋を探すことにした。
そして、少し奮発して入った綺麗な宿屋。
そこで美人妻と並んで受付に立つ語り部の男に、怒りのような嫉妬心が一気に燃え上がったのは余談である。