外伝 闇と光が合わさり最強のオジイチャーン 後
「パロミ見た!? おじいちゃん強い! おじいちゃんサイキョー!」
「おじいちゃん年がいなくはしゃがないで」
「あ、ありがとうごぜぇます! ありがとうごぜぇます! 貴方様方のおかげで助かりましたぁ!!」
滂沱の涙を流し感謝する――どころか、その勢いのまま土下座までしてきそうな青年を、アーロンはそっと止めた。
「そんなことはいい。この世界に勇者とか聖騎士とかそういう、生きる胸糞みたいな生物はいるか?」
「生き……くそ……?」
「あー、さっきのあれ、魔王とかその部下に立ち向かう輩ってことだ」
「まさかそんな! そんな人おりません!! オラ達はただただ苦しめられるだけです……」
「そうか」
座り込んだまま、青年は拳を握る。頑丈そうな、厚みのある手の平だった。日焼けのせいでいっそ黒いほどに赤らんでしまっている。働き者の証だろう。
しかしそれは武器を握る者の手ではない。弱者の手だった。
「……」
黙って項垂れたままの青年から少し距離を取り、悪の組織らはいつもどおり真剣なのかよく分からない会議を始めた。
「で、どうする?」
相変わらず飄々としたアーロンに、エリザは仏頂面で返す。
「何が」
「『抗う者』的にはここで抗う奴らを助けるべきでは」
「つまり正義の味方になろうってか? アタシたちに、世界のマジョリティのために働けって? フン、嫌だね」
アーロンは下っ端達に向きなおった。
「お前達は、」
「技術班はエリザ様の意見に圧倒的賛成! 賛成!」
「まあ、お前達はそうだろうな……(どうでもいいが、こいつはいつまで膝枕されてるつもりなんだ……?)」
「ナインズ様。ナインズ様は、どうなされるおつもりですか? 私たちは各自で判断するつもりですが、できたらお考えを伺いたいのですが」
「……」
「ナインズ! あんた喋んのサボってんじゃないわよ!」
「ちょ、ナインズ様!?」
「エリザ様おやめ下さいってば! くそ、技術班のヤツら誰も止めやしねぇ!」
「勇者に転職ー? うーん、悪の組織的にはいまいちなんじゃないかなぁ」
「それは今更なような……。あ、いえ、何でも無いですパロミ様」
「結局、俺らとしては上の意見に従うっていいますか、まあそんな感じっすよね。無難に」
「上――と言われてもね」
未だに秘書としての感覚が抜けきっていないポーリーンは肩を竦める。
「私は、特に意見は無いわね。総統に従うわ。もちろん、この人を助けるのに反対ってわけじゃないわよ。ただ正義になるかは、保留にさせてもらいたいの」
どちらかというと否定派が多いだろうか。
あまり議論の盛り上がらないなか、ふと手を挙げたのは仲間Cであった。
「いやいや、これは悪の組織的にも悪いことじゃあないはずです」
「どういうことだ?」
「私らが正義として活躍する――それで将来の正義の――いわゆる、勇者や聖騎士などの存在を潰しちまうんですよ。そう考えるとありじゃあないですか?」
「予防ってことか。ま、悪くはないわね。病気はまず予防が肝心っていうし」
「はい。つまり聖人になるわけじゃない。最終的には、魔王対魔王ですよ」
斬新なような、それでいて屁理屈なような。
各々変な顔をしたり、なるほどと頷いてみたり。納得いく者も顔を顰める者も、そもそもどうでもよさげな者まで多種多様。
しかしそれほどまでにバラバラな全員が、最後に様子を伺う先はただ一つ。
彼らの視線の先いる総統は、うーん、と自身の長い髭をもてあそびつつ、頭を捻っていた。
「――儂的にはあり!」
「ありなんだ」
「闇と光が合わさり最強となる――というのは置いといて。魔王対魔王いい。きてる。そもそも特撮好きだし、怪獣大決戦的なのも結構好きなのよ、儂」
「…トクサツ?」
「カイジュー?」
周囲のきょとんとした、或いは訝しげな視線を、総統は咳払いして流す。
「それに、勇者も聖騎士も生まれないなら越したことはない。どこまでこの世界に抗えるか……試してみてもよくはないかの?」
白一色の目が、きらりと輝く。そうされてしまえば、この老人に付き従ってきた者達としては、なんとも文句の言いようがない。全員、惹き込まれるかのように顔つきを明るく変え、今にも頷いて同意しそうだ。
皆なんやかんやと言いつつも、この総統の跡についてきたことには変わりない。
そう、それは今ここ、異世界までも――。
「ええと……」
と、盛り上がっている悪の組織一行の後ろ。
先ほどから彼らにおいてけぼりを喰らっている青年は、おずおずと声を上げた。
「その、皆様一体なんのお話を? オラにはさっぱり……。いや、そもそも揃ってどちらからいらっしゃったんです? オラ、すっかり動揺してしまって、そこんとこ伺っとらず、いやはや申し訳ないです」
「よくぞ聞いてくれたッ!!」
バッと腰を捻ってマントを翻し、総統は青年を指差し、謎のポーズを決める。そのあまりの勢いに、青年は「ひぃ」と尻餅を付いた。
「儂達は!! 儂率いる悪の組織! 『抗う者』!! この世のありとあらゆる理不尽と戦うためにやってきた、ロマン溢れる弱者の味方じゃあ!!」
「は、はぁ……?」
青年はよく分からん、という表情のまま頷く。表情一つ取り繕えない程度には愚直な男だった。
一方で彼は、この人達はきっと身分の高い者なのではないか、と想像していた。衣装も見たことがない者だし、言葉に出来ないが彼らの纏う雰囲気も、青年の知る周りの人間とはどこか違う。今叫んだ老人の髭なんて見事なものだ、きっと手をかけて身支度のできる者なのだろう。
それならば、しがない農民の身でしかない自分に、彼らの喋る言葉の意味が分からないのも当然だ。
しかしなにより彼にとって大切なのは、ここにいる皆が命の恩人である、ということだった。
皆に慕われている、リーダーらしい老人が、あの魔族を倒してくれた。青年には、その事実さえあればよかった。
彼は完全に、恩人達を慕う村人Aへと成ってしまっていた。
「そういやあんたの名前は?」
「ああ、名乗ってもいませんでしたか! 恩人の皆さまに失礼なことばかりで、これまたすいません! オラは農家の倅、アルです。アルディエです」
『アルディエ』という、想像していたよりやたらと仰々しい響きに、皆そろって目を丸くした。
「……アルディエ?」
「いやいや、アルで結構です。誰もそんな長ったらしいので呼ぶ奴はいません」
なんて言ってへらへら笑うアルディエを見て、少なくとも8割以上が、
――こいつ勇者じゃね??
と直感やらその場の空気やら創作経験やら、今まで読んできた物語のフラグ的に思ったのだが、それを口に出す者はいなかった。
あの魔族に襲われる → 追い詰められる → 覚醒 !
という流れがあったんじゃないか、と思った者もいたが、やはり誰も何も言わず、ただ互いに目配せしあうだけであった。
「よかったらオラの村に来てください! 魔物たちのせいで大したもんは出せませんが……できる限りの歓迎はさせてもらいます!」
そうして悪の組織一行を、キラキラとした目で慕う村人Aことアルディエ。
その爽やかな笑顔に、勇者としての影は微塵も見られない。
ある意味、悪の組織『抗う者』としての働きと考えると、パーフェクトだろうか。
「……これで勇者がいなくなったってことは、やっぱりうちの組織が勇者代わりってことになるんじゃ」
「シッ! 正論静かに!」
「あくまで魔王対魔王のカイジュー大決戦? だから! シッ!」
その後、『抗う者』たちはこの村付近を拠点に、『魔王軍』と戦うことになる。
彼らは異能としてのパワーを思う存分発揮して魔王軍を圧倒し、この世界の救世主となった――のはよいが、「神の使い」や「聖なる騎士様の団」と呼ばれてしまい、それに対し強い、というより強すぎる抗議を行ったりと、イマイチ方向性は掴めていないままである。
「いずれこの世界を乗っ取り魔界にしてやろうぜ計画」なんかもあるが、予定はあくまで未定のままだ。
ちなみに、今のところ、周囲ともまあ悪くない関係を築いている。
恐らく勇者であったと想像される、農家の倅アルディエは相変わらず彼らを恩人と慕い、深い友好関係を築いている。悪の組織内のとある女性と、近ごろ交際を始めたという噂もあるほどだ。
未来は分からない。
しかし今、人々は笑顔で彼らを迎え入れ、世界は彼らを許容している。
「幸せってことなんじゃないかしら?」
「ま、確かにね」
照れ隠しだろうか、そっぽを向いたエリザに、ポーリーンは微笑みながら頷く。
遠くでパロミがまた総統を怒鳴りつけ、アーロンは飄々とした態度でさっさと面倒事から逃げ出し、ついでにナインズは無口なままだ。
――まあ、そんなこともあって、「この世界も悪くない」との声も少なくない。
ちなみに、総統がいくら「悪の組織『抗う者』!!」とかっこつけて名乗ろうとも、誰も「悪」とは認識してくれず、最終的には「闇と光の組織『抗う者』!!」と名称が変更されたのは余談である。
「儂だって別に悪を捨てたわけじゃないけど! だって名称って使ってもらえなかった意味ないじゃん! 闇と光の力が合わさることにより最強のオジイチャーン! へと生まれ変わる!」
「おじいちゃん元々どっちの力も使えたでしょ!」
アルディエ:勇者として覚醒し損ねた青年。そのお陰で血で血を洗う悲劇の魔王討伐に出なくて済んだが、もちろんそんな自覚はない。
しかし『抗う者』には非常に感謝しており、今でもお裾分けを欠かさない。彼らと深い友好関係を築いている。
総統:魔王系魔王。元気いっぱいなおじいちゃん。
長い白髭がチャームポイント。目は全て白目だが見えている。
真紅のローブ。杖を使い、闇の力を操る――というより、趣味で闇の力しか使わない。光でもなんでも、どんな魔法も使える。
闇と光の力が合わさることいより最強のオジイチャーンへと生まれ変わった。という設定でしばらく楽しむらしい。
趣味は悪のロマン。特撮スキー。
パロミ:魔女の娘、神獣の子、魔王の孫。
ヘソ出しな、ピンクのものもこ熊ちゃん衣装。
自分が連れてきた挙句死んでしまった、熊太郎を思い出すための服。
そこまで幼いわけでもないため割りと常識的。
悪の組織の幹部兼アイドル。皆に愛され、大事にされている。
産みの親である魔女には欠片も愛されなかった。
ポーリーン:サイボーグ異世界人。英国出身の秘書。
知的な金髪美女。シャンパンゴールドの眼鏡。グレーのスーツ。好きな口紅の色はベビーピンク。
戦闘もこなせるオールラウンダー。便利。エリザの手伝いをこなしてきた結果、そちらの知識も身についてきた。
あまり幹部としての意識は無いが、命令するのも上手いため、そちらの素質もあるようだ。
エリザに甘い。
エリザ:悪の科学者。博士ではない。
髪は染色が落ちかけ、プリン状態。常に白衣を着ている。ヘビースモーカー。
がさつで雑な性格、口もあまりよくない。
元は世界に許容される程度の天才だったが、博士の技術を受け継ぎ、進化させていった結果、立派な『異能』へとなった。彼女はそれを誇りに思っている。
悪の組織は、彼女無しでは成り立たない。
技術班からは教祖のごとき慕われっぷりをみせる。
アーロン:元軍人。軍服、白手袋。
常に冷静な、飄々とした男。生真面目だが、その方向が少しズレている…と思われているが、実際はそうでもない。
最近負傷したことを理由に(既に余裕の完治済み)、やたらと仕事をサボりたがるため、実は真面目ではないのでは…?と皆がようやっと気付いてきている。
割りと誰とでもうまく会話ができる・仲良くなれるコミュ力の持ち主。
指示もきちんと出せるので、下がしっかりまとまっているのは彼のお陰。
銃器を生みだせる『異能』。戦闘面では多分幹部内ナンバーワン。
ナインズ:赤褐色の甲冑。
元霊魂。成仏したかったのに、エリザに無理矢理甲冑に貼りつけられた。割りと馴染んでいる。
名前はエリザが名付けた。試作品9号だからナインズ。
無口。きわめて良識的なので、内心ではきちんと突っ込むこともしばしば。喋るのをサボるとエリザが絡んでくる。
武器は斧。巨体だがなかなか素早い。
部下からやたらと慕われている。




