エンカウント?
少女が去ったあと男はしばらくぼんやりしていたが、すぐに気持ちを切り替えた。
早くしなければ、あの正義の味方に基地が粉砕されてしまうかもしれない。瓦礫の下敷きになるのはごめんだった。
――さらば、俺の漬物たちよ。
今回の悪巧みは、食べた瞬間悲しい気持ちでいっぱいになる「悪の漬物」を作り、それを世界中にばらまくという作戦だった。
それにはまず、一大ニーズを築かなければならない。
その土台作りのため、男たち悪の組織は下っぱも幹部も一体となって、せっせとただの「おいしい漬物」を開発し続けた。
糠漬けであることだけは決まっていたのだが、たくさんの闘争があった。特に、素材は何にするかである。
何日も議論しあった結果残ったのはナス派と白菜派、キュウリ派である。スイカの皮派や、いくつか作ればいいじゃないと言うヘタレたことをぬかした者達は淘汰された。
最終的に、ボスの「キュウリが好きだなぁ」という宣言により、キュウリ派の勝利が決まった。大きなものには媚びろの精神である。
ちなみに男はニンジン派であった。
とにかく。数日前、それは完成したのだった。
しょっぱさがちょうどよく白米がもりもり進む、懐かしい風味の漬物だった。全員で長い長い机を囲んでぽりぽりかじりながら、これまでの苦難が報われた喜びに涙を流しあった。
さて、その美味しい漬物が世界中に浸透してから売り出す、例の「悪の漬物」。
こちらの開発もそろそろ始めようかという案が昨日会議ででたところでの、今日の襲撃だった。
男は後ろ髪ひかれ何度も振り返った。それは、他の皆もそうだろう。
しかし、ここで死ぬわけにはいかない。
「くそっ……」
誰かが糠を持ちだしたことを願いつつ、男は涙をこらえ基地から脱出した。そしていつも通り、そのままその場から逃げ去った。
また後で号令がかかったら、集合するようになっている。それまで捕まらないようにしなければならない。
――とりあえず最近振り込まれた給料をひきだし、どこか寝泊りできる場所を探そう。
そう考え街へ向かおうとしたそのとき、なんたる偶然。
ばったり、正義の味方とはちあわせた。
太陽の下で見ると、ピカピカと無駄に眩しい。
ただ、金の髪が日光をうつして風に流れる様は、美しいと思った。
「あ、お兄さん」
「……なんだ、早いな」
少女は傷一つない、ついさっき見た姿そのままで立っていた。ボス(男の上司である)を速攻倒してすぐ、基地からワープでもなんでも使って脱出したのだろう。
彼女については、いちいち突っ込んでいたらキリがない。
「どうしていつも同じ服装なの?」
「洗濯はしてるぞ」
これまた突拍子もない質問だった。
少女はいつもと違い、こちらを攻撃するような素振りがない。槍も背中に収めたままで、とにかく隙だらけだ。
まあ今男が襲いかかっても返り討ちに合い、パッと片付けられるのが目に見えているが。
少女は「ふーん」、とぼやくように呟いた。そしてそれきりである。
それ以上何かを尋ねてくる様子もないので、男は町へ向かうことにした。
漬物のことを考えていたためか、腹が減ってきたのだ。
「またな、嬢ちゃん」
「うん、またね」
あっけなく別れてから、
そういえば、正義の味方にまたねとは縁起が悪かったかな、
と男は少し思った。