いずれあなたの名を呼ぶ
黒面が恐る恐る自らの拠点――白亜の空中にある基地へ戻ると、ジュストがいつもの仏頂面をさらに歪めて立っていた。
空中基地は半ば無残なまでに崩れ果てていた。
主要機能は、常日頃ジュストが守護していたのでぴんぴんしているようだが。
なんにせよ、まあ聖騎士らが共同で直せばあっという間だ。……それに集まる者がいるかは謎である。
とりあえず黒面はかくかくしかじか説明すると、ジュストはやがて溜息を吐いた。
「馬車馬はこの世界から去り、あの少女も駆け落ち、ですか」
「そんな感じ。ま、前者はともかく後者は許したげてよ。だって愛よ、ラブよ。しかたないじゃなーい」
その昔、国が嫌がるような男と恋愛結婚し、今も幸せラブラブ夢いっぱいな黒面はそんなことをのたまう。
エウリュデカという槍を失っても少女は少女のまま、恐らく世界移動も可能なのだろう。
また、彼女の性根からして敵になる恐れは低い。
「しばらく自由に生きたーい、って言ってただけだし、いつかは手伝ってくれるかもねん!」
「――まあ、女神の言うことを聞かない者がいてもしょうがないですしね」
「そーそ。そもそも残ってた異能もごっそりいなくなっちゃってはっぴーはっぴー! って感じよね」
「いえ、プラマイゼロって感じですけど……」
ジュストはさんざんっぱら文句があるような様子だったが、こいつはこいつで、エウリュデカと勇者の剣から出てきたエネルギーを横からぺろっと頂いたりしている。
まあ働いてないくせにお宝ゲットって感じですよね、と黒面は心の中で吐き捨てる。
――いずれこの『女神』が停止したとき、どうなるのだろう、と思わなくもない。
(もう一つでかい自警団を立ち上げておこうかしら)
ひっそりと最後に少年から譲り受けた、彼が貯め込んでいたらし財宝について計算しながら、黒面は息を吐いた。
神の一人や二人の死を恐れていたんじゃ勇者なんてできやしない。
黒面にできることは、これからもこの世界を守護していくことだけである。
「みんなどこに行ったのかなぁ」
少女は最後の戦闘で、エリザという敵幹部に「目が覚めたら楽園にいる」と告げておいた。しかし実際にどこに飛ぶかなんて分からない。
少年の指示した先は、彼らの祈りのままに、だ。適当にもほどがある。
男はどこかのんびりとした調子で、うーんと唸った。
きっとあのヘンテコな人たちなら、どこへ行ってもうまくやっていくだろうと思ったのだ。
「そりゃまあ、魔王が治める国だから魔界なんじゃないか?」
「治めるなんて出来るの?」
「できるさ」
言ってから、男は早口で言い直した。「たぶんな」少女はくすくす笑った。
そんな彼らのやり取りを傍らで見ていた少年は、この二人は何度か戦闘を交えたらしいが、こんな風にいちゃつきながら戦ったのだろうか、と疑問に思った。 具体的にどうしたかは聞いていないから分からないのだ。
まあ、何も口には出さなかったが。
少女は、目を細める少年を振りかえった。
「貴方はこれからどうするの?」
彼はしばらく黙った。
「仲間のところへ帰るよ。こんなアホみたいなことはもう終わり、久しぶりに会いたくなった」
「へえ。仲間がいたんだ」
少年は黙って微笑んだ。
「私たちはそろそろ行くね」
「うん、サヨナラ。とりあえず、今言った通り結婚式には出られそうにないから、今ココで、君たちの幸せを祈っておくよ」
再び現れた銀白色の針のような杖を、二人目がけて一振り。
それは泡にも似た繊細な光の波を描き、二人の周囲をまるでレースのカーテンのようにくるりと回り、それが消えるころには少年の姿もなくなっていた。
とりあえず、一段落、ということで。
「うーん。じゃあ、行くか」
「どこに?」
「とりあえず、美味い飯が食えるところだな。腹が減っただろ、ジャンクフードっぽいもんでもいいな。んで俺もお前もとりあえず旅装を揃えないとな。――あ、それからそうだ、少し遠くに猫がたくさんいる都市があるらしいからそこに行こう。近くには花畑もあるらしいぞ」
少女はうんうん頷いて訊いていた。
「でも、お兄さんの行きたいところでいいんだよ?」
「それを探しに行くんだよ。お前と一緒にな、嬢ちゃん」
ふと少女は顔を上げた。
男がはにかむように笑っている。こうしてみると、彼にはくっきりとした笑窪があった。
「ねえ」
「ん?」
「いずれあなたの名前を知りたい」
今さらな問いだった。ずっと昔、尋ねたことがある。
正義の「嬢ちゃん」も、雑魚でモブの「お兄さん」も、もうこの場にはいない。
男は溜め息をついて、目を逸らした。
「雑魚だからない」
それは以前と同じ返答で、だけど今度はきっと少女に名前が戻らないからそれに合わせてくれるのだろうな、と分かった。
きっとそういうところが好き。
何度も戦闘を重ねて、なかなか自分に戦闘態勢を取らない。そんなところが気になった。五回目、武器を向けてきたときは本当に胸が高鳴った。彼の強さを初めてみた気がした。
一目惚れにも近いだろうか。恋愛と友愛と、それ以外も、少女にはまだよく分からない。
――ああだけど、それもきっと、彼と一緒に探して行こう。
少女は男が反応する間もなく一瞬で背後に忍び寄ると、
「えい!」
「うおっ」
と、思いきり彼の背中に飛びついたのだった。
後書きは活動報告に(2016年03月13日)。
読者の皆さまに心からの感謝を。
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