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祝砲

「――って作戦だったんだけど」

「そりゃまた壮大だな。で、俺に何しろって?」

「お兄さんは、そうだね。全員この槍で殴られたか、確認してほしいの。殴り零しはないかって」

「分かったよ」

「……本当にいいの?」

「何が?」

「だって私、敵だし、何も知らないし、すぐ殴るし、自分以外どうでもいいって思ってる。なのにあんな、お兄さんに作戦隠して結婚してとか言うし……。本当に、私と一緒にいてくれるの? お兄さんもちゃんと叩いたから、皆と一緒に行くこともできるんだよ?」


 今までになくネガティブな少女に、男は思わず笑ってしまった。


「いい歳して、そこまで無責任でもないよ」

「どういう意味?」

「一回言ったことを、そう簡単に変えたりはしないってこと。もうちょっと信用してもいいってこと。まあ、今は難しくてもいいけどさ」


 少女は頭を撫でられて、そっとその感触を味わうように目を閉じる。彼の態度は今までと変わりない。


 だけどその言葉がこうも違う風に響くのは、一体何が変化したというのだろう?


 不思議に思ったところで、ふと、慣れた気配がまた一つ、遠くに降り立ったのを感じた。

 例の、同僚たる少年のものに違いない。

 少女はエウリュデカを取りだし、強く握りしめた。


 悪の組織、その総統がまだ少女を待っている。

 さあ、最後の仕上げだ。




 そして総統と相対し、勝てば言うことを聞く、と約束を取り付けたのがつい先ほど。


「ねぇ、何やってんの? 時間ないんだけど」


 そこに少年が降って沸いたように現れたのが、今である。


「ここのボスが、勝ったら大人しく言うこと聞くって言うからさぁ」

「ふーん」


 少年はまじまじと目の前で澱んだ魔力を溜めこむ老人を眺め、にやりと口角を吊り上げる。

 総統は何事かを察し、彼がその何事かを発する前に口を開く。


「いやそれはさすがに卑怯じゃない? 儂なかなかの老人よ?」


 麗しき正義の味方の少年少女はにっこり。

 無垢なる笑顔でそれに答える。


「一体多は正義の味方の基本だよ」

「チーム戦なんて初めてだなぁ。今になってって感じだけど」

「お、よかったじゃん。最後の思い出にとっときなよ」


 二対一――いや、多勢に無勢の正義の味方に叩きのめされるのも、ある意味では悪役の基本である。


 その敗けっぷりは見事なもので、少女の槍でブッ飛ばされた仲間をカウントした後、慌てて駆け付けた男がそっと目を逸らしたほどだったという。




「……じゃって、儂、『敗けた身だ、好きにしろ!』って言っちゃったし……地味に言霊込めちゃったし……ていうかここで約束無視なんて小物過ぎるっていうか、やっぱ儂的には」

「もおおおおおじいちゃんはああああああ!!」


 パロミはいつも通り、言い訳がましく指をつついている総統をきいきい怒鳴りつけている。


 他の面々も揃っていた。大量の雑魚兵士たちの前に、エリザ、アーロン、ポーリーン、ナインズ。

 アーロンは全身包帯ぐるぐる巻きでストレッチャーの上で、ナインズは吹っ飛んだ身体のせいで仮面だけになって部下に抱えられている。

 エリザの手伝いをするうち少し科学に詳しくなったポーリーンは自力で手足をくっつけ、ついでに新品のスーツを着直したため傍目にはなんとか無事で、そんな彼女の膝上では、エリザが最後にかけられた魔法のせいで爆睡している。


 寧ろ目覚めているパロミがおかしいのだ。


――結構本気でブチかましたのに、と少女は内心首を傾げる。

 いずれ大きくなったら真剣に戦えるかな、と思いかけて頭を振った。


 落ち着け。これからは、出来る限り、無駄な争いは控えるようにするのだから。

 まああくまでも、可能な限りは、であるが……。


 そのずらーり並んだ面々を見て、今から彼らをなんとかせねばならない少年は溜め息を吐いた。


「君も無茶言うよね」


 非難するように視線をやれば、少女は澄まし顔で平然としていた。


「仲間は使わなくちゃね」

「あのさぁ……」


 文句を言いかけて、まあいいや、と言葉を切る。

 仲間だなんて、ずいぶんと都合のいい言葉を覚えてきたものだ。おまけにこうも堂々として――。


 余裕しかない戦闘に、より一層の孤独を見つめていたあの幼い姿を思い出す。


 彼女が気を緩ませる下っ端の男がどれほどのものなのか少年は知らないが、まあ、彼らならなんとかやっていくだろう。これ以上は自分の知ったことじゃない。


「対象は、エウリュデカにより一撃くらったもの、でいいんだね」

「うん。全員何かしら攻撃は受けてる……はず」


 曖昧な答えに、少年はけらけら笑った。


「やり損ねでもあったら面白いね」

「大丈夫。私も数えたけど、アッチの人にも数えてもらったから。」

「……駒とか作れたんだ」


 脳筋とまでは言い過ぎだろうが、情と勢いにのまれがちな彼女にしては珍しい。

 驚きに息を飲み、あからさま過ぎたかなと反省して表情をうかがうと、少女は静かな微笑みをひかえめに浮かべていた。


「駒じゃない。――夫だよ」

「……」


 少年はその言葉に対して色々と思うところはあったが、とりあえず、「ここらへんで女性が結婚できる年齢に君はまだ達していない」という事実を教えたほうがいいかなと思った。しかしめんどうなことになりそうなので止めておいた。

 男女の関係に首をつっこむなんて、野暮で面倒なだけのことはしないほうがいい。


 とりあえず、彼の夫が真っ当な人間であることを祈っておこう。

……悪の組織に属している人間にそんなことを期待していいのかは不明だが。


「まあいいや、とりあえずやりきったね。お疲れさま」

「もう全力で繋いだからね。あーあ、私、これのこと好きだったのになぁ」


 少女はエウリュデカに、そっと額を当てた。


 まるでそれを手にするのが初めてだとでもいうかのような、繊細な手つきで。


「本当に、大切だったのになぁ……」

「あは、素手にしたら? 君に向いてると思うよ」


 デリカシーなんて擦り潰されてしまった少年は、あっけらかんとそう言い放った。

 少女は無視した。




 当然ながら、皆の反応はそれぞれだった。

――「異能ではない残りたい者は残り、去りたい者は去る。少年が指示した地点から離れさえすれば後は問題がない」

 異能であり彼らに未だ忸怩たる思いを抱えているポーリーンやパロミは、もちろん反発した。


「何故そんなことを今になってしてくれるというの」

「なんでって、頼まれて、出来そうだったからするまでだよ」

「もっと、もっと早くそうしてくれたらよかったのに。皆が死ぬ、それよりずっとずっと前に……」


 火に燃える青い薔薇、地に落ちた銀の魚。

 消える楽園のそのなか、死にゆく私たちの博士。

 そして作り上げた砂の城は、既に彼らに蹂躙された。


 睨みつけてくる二人に、少年は肩を竦める。


「それは無理。異能が格段に減った今だからこそできるんだ。それに媒介としての彼女の槍も欠かせない。これはあの娘とともにこの世界へ来たものだし。異世界人だの、別世界の魔王だの、そういうのがいるからやり易いというのもある。あと、……いや、これはいいか。とにかく、残った皆は飛ばすからね」


 ポーリーンは俯いた。暴れたらきっとエリザが目を覚ましてしまう、そんなことをするわけにはいかない。彼女が今ここで立ち向かったとしても、誰も倒せない。

 仲間が死ぬのだけは、これ以上避けたかったのだ――。


――代わりに、そっとパロミに目配せした。


 パロミは微かに頷き、総統の方をちらりと見る。彼はそっと指先を立ててウインクした。

 あまりに分かりやす過ぎるので、パロミは彼の脛を蹴った。


 少年は、何もかも見て見ぬフリをしておいた。


「――黒面! いるんだろ。ちょっと剣貸して」


 黒面は現れたが無言のままであった。

 悪の組織側からは「死ね」「うんこ」「外道」「悪魔」と暴言が飛んだが一睨みでそれも黙る。


 少年が、危険分子たる彼らを異世界へ飛ばしてくれる、というのであれば、黒面としても異論はない。

――しかし、もしそれが嘘だったら。

 異能どもをこちらの目から隠すための策であったとしたら。

 黒面は、隙をついて奴らを全員殺さなくてはいけない。

 だから一応残っていたのだし、それを少年などに気付かれるのも、まあ予想の範疇である。

 が。


「なんで剣を貸さなきゃならないわけぇ?」

「エネルギーが足りなかった。だってまさか魔王が召喚されてたーなんて思わないじゃん。おかげでこの場はやけに通り安く(・・・・)なってるけど、魔王自体がでかすぎてね。別にいいでしょ、減るもんじゃないし」


 黒面はわざとらしくブーブー言った。なんかくれ、ということである。


 黒面は万年金欠だ。

 別に家計が火の車、というわけではない。聖騎士としての悪行が目立つ彼女だが、人に害なす化け物をこつこつと駆り続ける唯一の(本当に唯一無二の)勤勉な聖騎士だった。

 そんな彼女だから、自らの家族を、世界を守るというその一心で、故郷で自警団なんかを作り上げてしまった。

 そのせいで、金目のものはいくらあっても足りないのである。


 しかしそんなこと、少年の知ったことではない。

 彼は溜め息を吐いて、他者の耳の気配がないことを確認してから、


「――女神の力は弱ってきている」


 声を落として呟いた。

 黒面は黙したままであるが、それも気にせず彼は続ける。


「なんとなく察しはついてるだろ? 昔と比べてみれば分かる。異能が減ったのもあるけど、討伐命令自体が格段に減ってきている。馬車馬の僕には分かる。――現に、あの娘なんて異能に手をかけたことすらない。なにより、ジュストが女神を護ってくれと発言した、一番の理由がそれだろう。まあ、僕らの不穏な動きを察していたというのもあるかもしれないけど……それだけなら、君への頼みをああも曖昧に濁すわけないし」


 黒面は、重苦しい溜息を吐いた。


「……分かったわよ」


 そして渋々、といった様子で自らの黄金の大剣を差し出した。


「その代わり傷一つでもつけたら、」

「ありがと。ま、善行が積めるんだしラッキーと思えば?」

「私は悪いことなんて何一つしてないけどね」

「……これだから母親は嫌いなんだ」


 まるで聖母のような面をしながら、子どもの為なら剣だってペンだって振りかざしてくるのだから。


 少年はどこからともなくほっそりと優美な銀の針を取り出すと、杖のように彼らに向けた。


「対象は『抗う者』、地点は彼らの祈りのままに」


 大地が光る。

 少女が見ると、男は帽子を脱いで頭を下げていた。


――仲間が消えていく。自分に居場所をくれた、意味の分からない就職先の仲間達が。


 変な上司、変な同僚。滅茶苦茶な日々。わりと楽しかったあたたかな居場所。

 全てが走馬灯のようにかけめぐっていくなかで、


「――悪人の時間稼ぎが、まさか仲間の避難のためだけだったと思うのか?」


 総統はじめ、幹部らがにやりと悪役らしい笑みを浮かべる。

 彼らの姿は掻き消えていく一方、その本拠地が不気味な稼働を開始した。


 ぎょっと目を剥く残される側に、総統はふふふと地を這うような笑い声をこぼす。


「確かに今回は我らの負けだろう。――しかし決して消えることのない我らが怒り、思い知れ! 愚かな聖騎士どもよ! はーっはっはっはっはっは!!!」


 総統の不気味な高笑いが、悠々と消えていった。


 一方、彼らが残していく城は、不気味な地響きとともにその天井を開いていく。


 最後、悪足掻きと称されてもしかたないだろう様子で、総統が少女に突っかかっていったのも。己を最高傑作と言い張った、エリザの出番が最も遅かったわけも。


 全てはここにある。


 彼らの城の地下では、数体のロボットが自動的に動いていた。大げさな機械をぎりぎり動かし、そこには空目がけ伸びる砲身があった。

 しかし砲身というには弾を飛ばす穴は無く、先端には人よりもよほど巨大な透けた石が取りつけられている。

 その中には、総統の操る魔法によく似た影が黒々と澱んでいた。


 サイボーグの技術があれほど発達しているのに、今までロボット兵を本格的に戦場に立たせてこなかった謎も。大して新しくもない本拠地に最後まで立てこもった理由も。

 きっと生涯勝てないと察しながら、延々と終わらぬいたちごっこを繰りかえしてきたのも。


 全て、正義気取りの聖騎士どもに、一泡吹かせるためだった。


「へい構えーっ、いえいいえい」

「照準合わせ、へいっへいっ」

「準備オッケーえええ!! いえあーっ!!」

「カウントダウンー! すりー、つー、わん!!」


 ロボットどもは揚々と、とっくにその準備を終えていた。

 その停止に間に合うものはいない。


「「「発射!!!」」」


 その音も無く伸びた光は、上空をまっすぐ雲さえ弾かせて進んでいく。

 突如滾り上がった熱に周囲のロボットどもは一瞬で溶け切り、城も瞬く間に溶けた土台から崩壊をしていく。


 ぼろぼろと、まるで崩れ落ちる砂粒のように。


「うっわ、すっごいレーザー。なるほど、この世界であれを作れるなんて、知識の異能も侮れないなぁ」

「レーザーって何だ?」


 少年がぽかんと呟き、男が首を傾げる。

 彼も、というより一般兵士のほとんどは、あれの存在など知らされていなかった。技術班がどうにかしたのだろう。さすが技術班。


「なんでもないよ。それよりあの先って、」

「――げぇっ」


 黒面が顔を引き攣らせる。少女は一瞬不思議そうな顔をして、やがて思い当たったのか、「あ」と短く声を上げた。


 怒りの花火は打ちあげられた。

 上空へまっすぐ、多くの聖騎士らが現れた今日、その位置は完全に判明した。


――聖騎士の本拠地へ。


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